第2話 希望はいつも光の中に

  シリアの古代都市 ドゥラ・エウロポス(エウロポスの砦)


 暗く腐敗臭と死臭漂う。カタコンベ(共同墓地)で集会に使う広間には、そこには一人の聖女以外、誰もいなかった。


 聖女はチェシリスという。今年から聖の名を与えられていた。


 聖女の周囲には、心もとない松明の明かりが仄かに照っているだけだった。いつもは、他のキリスト教徒と祭壇へ祈りに行っていた。 


 だが、今日はたった一人で迷い込んでしまっていた。事の経緯は、夜中に寝室では眠りづらいので、仕方なく台所まで明かりを持って歩いていると、いつの間にか、カタコンベにいたという奇妙な出来事が彼女を襲ったのだった。


 チェシリスにとっての最初の問いは、ここはどこか? ではなかった。私の中には、誰かがいるの? だった。


 カタコンベの祭壇前で、蹲っているチェシリスの頭の中では、いつの間にか、小さな声がずっと響いていた。


 最初は、鼻の曲がるような腐敗臭や死臭でのせいだと思った。

 その次は、静かに忍び寄るかのような恐怖のせいだと思った。


 でも、この声は、どこかで聞いた? という。

 問いもチェシリスにはあった。


 小さな声は、自分をバンヒルと名乗っていた。

 その名前だけが、最初は頭の中で鳴り響く。


 バンヒルとは、ここの国を統治していた王の親衛隊の中にいた有名な隊長の名だ。


  と、突然に周囲の松明の炎が消えた。

 きっと、冷たくて強い隙間風のせいだとチェシリスは思った。


「ここにいてはいけない。さあ、出口を探しにお行き」


 小さな声が厳しいが、どこか優しく。そう頭の中で響くようになって、チェシリスは少し居住まいを正すと、そのままカタコンベの出口を探すために一人歩いた。


 カタコンベの地面には、普段にはないはずの頭蓋骨が所々に散らばっていた。奥へ行くと、頭蓋骨が増えたのか、チェシリスは躓いて、たたらを踏むことが多くなった。 

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灰色のマグノリア 主道 学 @etoo

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