第4話

「では手始めに、腕を組んで王宮内を歩いてみませんか」


「えぇ、望むところですわ」


 私は腰に手を当てて自信ありげに鼻を鳴らす。

 

 役人や衛兵、侍従や侍女が行きかう王宮内でこのように婚約していない殿方と歩くのはとても気が引けますけれども、あの二人に一泡吹かせてやるためには仕方のないことですからね。


「義姉上、もっと近づいてください」


「こう、ですか?」

 

 私は殿下の腕にギュッと掴まるように近寄る。

 

 殿方とこんなに密着して歩くのは初めてで緊張しますわね。

 

 アイザック殿下は満足したのか、見たこともない眩しい笑顔を咲かせる。くっ、眩しいわ。

 

「ところで殿下、いつまで義姉上とお呼びになるのですか?ベルとはいずれ婚約破棄をしますから、名前で呼んでください」


「ローゼ」


「え?」


「ローゼ」


 い、いきなり愛称!?どうしましょう、殿下と距離が近いですから、心臓の音が聞こえてしまっては立つ瀬がないわ!


「ローゼ、僕のこともザックと呼んでください」


 爽やかな笑みに逆らうこともできずに私の口は動いてしまう。


「ザック」


 恥ずかしい!ベル以外の男性を愛称で呼ぶのは初めてですわ!


「ははは、かわいいですね、ローゼは」


 な、なんか殿下、演技には見えないのですけれども大丈夫なのかしら。


「おや、兄上ではありませんか」


 兄上ってベルじゃない。こんな戦友になって初日に敵であるベルに出会うなんて困ったわ。これで何か問いかけられたりしたら、どう答えていいかわかりませんわ。


「あ、あぁ、ザックじゃないか」


 よそよそしく手をあげてあいさつするベルは、いつも見ていた凛々しい殿方ではないように見えた。


 なぜか狼狽えるベルは、私を凝視しながら問いかけた。


「ザックとローゼがなぜ、二人で腕を組んで歩いているのだ」


「あぁ!」


 アイザック殿下はわざとらしく大きな声を出す。私が掴む反対の手を大きく広げてから、私の腕を撫でた。


「僕がローゼに会いたくなってしまってね」


 そう言いながらアイザック殿下は私の腕から頬へ手を移して大きな手で撫でる。びっくりしてアイザック殿下の顔に目をやると、愛おしいものを見るような瞳をしていて耐えきれずすぐに視線をベルに移した。


 ベルもベルでありえない、という表情をしていて、まだこっちの方が見られたのでベルの方を見ることにした。


「兄上を見るんじゃなくて僕を見てよ」


「おい、アイザック。ローゼは僕の婚約者だ、婚約もしていないお前が触れていい人ではない。いますぐ離れるんだ」


 ベルがアイザック殿下の腕を勢いよく掴んだ。


 なんだか心がむかむかしてきましたわ。


「じゃあそれ、マリアンヌ嬢にも言ったらどうなのです?兄上」


「くっ……」


 こんなにも間抜けな腑抜けでしたっけ?これなら復讐しなくても、どっかで墓穴を掘って自滅してくれそうですわ。


 この人のどこを好きだったのかしら。


「ベル。私、もうあなたと一緒にいたくありませんわ。婚約破棄してくださらないかしら。そしたら私ザックと人生を共に歩んでいけるのに……」


「急に何を言い出すんだ……」 


「急ではありません。マリアンヌとニアンベル殿下が親しくなられてからずっと考えていました」 


「絶対に俺は認めないからな」 


 ベルは私を指差しながら鬼の形相でそう言った。

 

 眉間にしわが寄り、目は大きく開かれまるで獲物を狙う動物のような眼光だ。


「あんな顔、初めて見ました」


「僕もです。人間らしい顔でしたね」


 確かに。ベルは自分の感情がない、というより自分の意思を押し殺してしまうタイプでしたから……。あんな顔、見たことありませんわ。


 まぁ、もうどうでも良いことですけれど。


「けど、よかったのですか?」


 アイザック殿下が可愛らしく首を傾げながら聞いてきた。


「えぇ、先に現実を知ってもらおうと思いまして」


 そうよ。わかってもらおうとするより、先にわからせてやればいいのよ。ベル達とは同じ土俵には立ちませんわよ!


 けどこれってまるで私がアイザック殿下のことをお慕いしているみたいじゃない!顔は好きだけど、中身を知らない殿方なんてなしですわよ!


 先手を打っておくべきよ!あとで自分が苦しむだけなんだから……。


「もちろんザックとは戦友のままですよ?」


「もちろんです。これからもっと見せつけてやらないと」


 もちろん。もちろんそうよね!これからもこの先、この関係が変わることは一切ないですわ。


 私はアイザック殿下の腕から離れようとすると、殿下は離すまいと私の手に指を絡めた。


「まぁ何はともあれ、しばらくは気を付けてくださいね。兄上があんな顔をするのは初めてですし、何かしてくるかもしれません」


 惚れぬように、傷つかぬように、私はアイザック殿下をしっかりと戦友として見ることにした。


「はい、気を付けますわ」 


「では夕食は僕と共にしましょう」


 くっ――。美しいその御尊顔に鋼鉄の心があっても太刀打ちできませんわ。


「はいぃ」

 

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