第23話 ヴァンパイアの襲撃

「ネグロから消えた奴隷達は、モンデールの街で落ち着いたというのか?これは調べてみる必要があるのう」

モンデールを含む3つの街と7つの村を治めるザイネン伯爵は、領都ザイネンにある居城で報告を受けると、執務室の机の引き出しに入れている黒い呼び鈴を手に持った。

「ヴァンパイアか」その呼び鈴をしげしげと眺めながら

「今回は、こいつにまかせてみるか」

領主はその呼び鈴の取っ手を持って振った。

「お呼びでございますか?」

執務室の机の向こうに黒い人影が現れた。

「ネグロの奴隷どもが、モンデールの街に逃げ込んだようだ。調査に向かわせた者達も行方不明になった。調べに行け」

「畏まりました」

領主の前の黒い影は黒い霧のようになって目の前から消えた。


上位魔物の接近は、ベルドボルグとララザニアがすぐに察知した。

『この気配、この魔力、ヴァンパイアです』とベルドボルグが念話を送ってくる。

「ヴァンパイア、本物か?強いのか?」

『真祖ヴァンパイアならともかく、ヴァンパイアごとき我らの敵ではありませぬ』とベルドボルグ。

そう言うなりベルドボルグの身体から黒い塊が飛び出し、翼を生やして、高速で飛び立って行った。


ヴァンパイアの視点


『あれがモンデールの街か。人の気配が多い。たっぷりと血が吸えそうだ』と気を緩めていた我だが、いきなり空中で斬りつけられた。

我はその攻撃を余裕で躱した。攻撃してきたのは、何故か翼の生えた黒いスライムだった。体の一部を触手のように伸ばして攻撃してきたようだ。

「ふん、何者かと思えばスライムか。生意気にも、スライムの分際で我に戦いを挑む気か。笑止」

我が片腕を振るだけで真空の輪が生まれ、その真空の輪が衝撃波を創りながら超高速で相手に向かって飛んでいく。ヴァンパイアならではの力とスピードを活かした攻撃だ。

だが、スライムはそれを身軽に躱した。

「スライムのくせに空中戦ができるとは、生意気な」

我は真空の輪を念動で操作して、躱したスライムを追い詰める。

するとスライムが「ジェノサイド」と叫び、我の目の前が一瞬真っ暗になって、すぐに復活した。

『不死者である我が一度死んだのか?おのれスライム、許さぬぞ』

我はさらに腕を振るって空間ごとスライムの身体を削ぐ。相手との間にある空間を削ぐスキルにより、我の攻撃は相手に直接届く。これは避けることも躱すこともできないスキルだ。

スライムを我のスキルで空間ごと削り取ったと思ったとき、横から衝撃を受け、ヴァンパイアである我が跳ね飛ばされた。

「おのれ、何者?」と睨むと、そこには、削り取ったはずのスライムが居た。

次の瞬間、我の胸から何かが飛び出した。よく見るとヴァンパイアの弱点である銀の杭だ。

「舐めるな。ヴァンパイアにこんな玩具が通用するものか。グッ、ガハッ、ガハッ」

何かが変だ。我の身体が黒い塵に変わっていく。

『バカな』意識が途絶えた。


その頃、領主ザイネンの屋敷では執務室の机の上にあった黒い呼び鈴が砕け散った。

「むっ、ヴァンパイアがやられたのか?」

ザイネンは驚きのあまり声もでなかった。これまで数多の敵を葬ってきた切り札が敗れたのだ。

「こうなれば、王都に行ってあの方の力を借りるしかあるまい」

この夜、領主の館から密かに1台の馬車が出発した。


王都に到着した領主ザイネンは、ヴァンパイアでありながら公爵を授かっていることで名高いヴァンパイアデュークを訪ねた。

ヴァンパイアに公爵を授けたということは、王家自体がヴァンパイアの血縁、つまりはヴァンパイアに他ならないことを公言しているようなものだが、そのことにあえて触れる者は誰もいない。


ここは王都のヴァンパイア公爵の屋敷内。

「公爵様、与えて頂きましたヴァンパイアが倒されました」

とザイネンは布に包んで持ってきた、粉々に砕けた黒い呼び鈴を机の上に置く。

「ふむ、知っておる。あやつが一撃であったようだ」

「何者か、お判りでしょうか?」

「ふむ、もう手は打っておる。しかしザイネン、今回は失態であったな」

ザイネンは驚き恐れて、

「何かお気に触ることがございましたでしょうか?」

「せっかく貸し与えたヴァンパイアを無駄に使いおった」

「いえ、決して無駄には」

「もっと情報を集めてからでもよかったであろう」

「調査を命じた者達がことごとく消息を絶ちましたので、ヴァンパイア様にお願い申したわけでございます」

「言い訳はもうよい」

「公爵様。ひっ、お許しを」

ザイネンの両側に黒い鎧の騎士が現れて、ザイネンを吊り上げるようにして連れて行く。

「公爵様、お情けを、お許しくださいぃぃぃぃぃ」


その頃、多くの酒場である種の会話がひっきりなしに囁かれていた。

「今、ネグロの村には持ち主がいなくなった財産がたんまり眠っているって話だぞ」

「だからって、行くのは危険だぞ」

「モンデールの騎士団が全滅したっていうしな」

「それは噂だろう」

「いや、俺は50人の騎士が街を出ていくのをこの目で見たぜ」

会話の主たちは、たいがい冒険者か、冒険者に憧れている若者達だった。そして、その話に聞き耳を立てる一般人もいる。

「だから今がチャンスだぞ。ネグロの村へ行けば一儲けできる」

「しっ、声が高い。もっと小さな声で話せ」

「だからよ、このチャンスを逃す手はないって言ってるんだ」

表の社会だけでなく、裏社会の人間の間でも同じような噂が蔓延していた。

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