第22話  AランクとSランクの差

街の西に行ってみると、普通の娼館よりはるかに大きい娼館があり、店の前は客と女で賑わっていた。

ラジアートは、無造作に娼館の前まで歩き、娼婦の一人の腕を掴まえて

「ベルドボルグに合わせてくれ」と言った。

ラジアートは自分の武力に自信がある為、自分が乗り込めば万事解決すると思い込んでいる脳筋だった。

娼婦は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑みを戻して

「ベルドボルグ様のお客様ですか?それならご案内します」

と、簡単にラジアートを娼館に招き入れ、待合室に案内した。

「都合を聞いてまいりますので、暫くここでお待ちください」

その娼婦は、ラジアートを部屋に残してドアを閉める。

暫く待つとドアが開く、

「どうぞこちらへ」

ラジアートは娼婦に案内されて、3階のとある部屋のドアを開けた。

部屋の奥には執務机があり、その後ろに、執事風の男が座っていた。男は入り口をチラリと見ると、立ち上がって机を回ってラジアートの方へやって来た。

「これはこれは、Aランク冒険者のラジアート様ですな。よく起こし下さいました。どうぞお掛け下さい」といいながらソファに腰掛けるように促してくる。

「俺のことを知っているのか?」ラジアートは、少し驚きつつ、警戒しながら尋ねると、

「この街に入って、真っすぐにここに辿り着かれた手腕には感服しておりますよ。申し遅れましたが、私はベルドボルグと申します」

ラジアートはソファに腰掛けながら、対面に腰掛けた執事風の男を値踏みするように眺めた。

「俺を見張っていたのか?いつからだ」

「さて、いつからでしょうな?」

物怖じしないラジアートだが、執事風の男の言葉に、背中に少し嫌な汗が出た。

「ところで、ここまでお通ししたのには理由があります」

「理由だと?」

「我々の側に寝返りませんか?」

「・・・・」

ラジアートは一瞬、言葉に詰まったが、すぐに大きな声で笑いだした。

「ぐはははは、っはっは。こいつは傑作だ。俺に寝返れだと。それはできねぇ、と言いたいところだが、条件だけでも聞こうか」

「条件ですか?条件はありませんよ」

「条件がない?」とラジアートは眉を吊り上げた。

「申し訳ありませんが、あなたには選択肢を用意していないのですよ。我々の側に寝返るか、魂を失って我々の奴隷になるか、どちらかです」

「へっ、随分舐めたことを言ってくれるじゃねえか」

「舐めてはいませんよ。現実を申し上げているだけです」

ラジアートは座りながら剣を抜いて、抜き打ちでベルドボルグの首を刎ねた。しかし、その剣が当たる直前に、ベルドボルグの首は途中で切れて上下に分かれ、剣が通る隙間が出来た。ラジアートの剣は、その隙間をすり抜けたに過ぎなかった。

「くっ」

ラジアートは直ぐに腰を浮かしつつ、剣を翻して、横なぎに肩口に斬り付ける。

しかし、今度も、剣が当たる直前にベルドボルグの体は分かれ、剣はその隙間をすり抜けた。

ラジアートはもはや立ち上がって、目の前の相手を滅多切りにするべく剣を振り回しているが、どの剣戟も、ベルドボルグの体に掠りもしなかった。

「ふむ、この程度ですか」

ベルドボルグの左手がラジアートの右手首を掴む。圧倒的な力に抑え込まれ、ラジアートは剣を振るえなくなる。

「豪炎け・・」

ラジアートが何かのスキル名前を叫ぼうと口を開いたとき、何かがラジアートの口の中に飛び込んだ。

「ぐっ」

ラジアートはそのまま意識を失った。彼の口に飛び込んだのは、ベルドボルグの分身のジェノサイドスライムであり、体内に入った分身は、早くも触手を脳に伸ばしてラジアートの意識を支配してしまった。

「これで、素性のいいAランク冒険者が手に入りました」とベルドボルグは呟いた。



その頃、ある奴隷商が、あるSランク冒険者と会っていた。

「ネグロにはいったい幾らの財産を置いてきたのだ?」

「それは言えません。ただ、数百人分の奴隷を売買するのに十分な金と思って頂ければ」

「それは大金だな」

「ですから回収を急いでおるのですよ」

「急いでいるというより、焦ってるんじゃないのか?」

「お見通しというわけですか」

「その金が回収できなけりゃ破産する者が大勢出るんだろう?」

「ご想像におまかせしますが、当たらずとも遠からずですな」

「しかし、あんたたちのお守は闇ギルドがやっていた筈だが」

「大きな声では言えないことですがね」

奴隷商は顔を顰めながらも首を縦に振った。

「誰と誰がネグロに行っていた?」

「それは言えません」

「ならば、この話はなしだ」

奴隷商は苦渋に満ちた顔で暫く考え、

「仕方ありませんな、お話しましょう。ディルガンとサッカスとベルニムネス    です」

「そいつらの名前は知っているぞ。現役のAランクじゃないか。3人とも裏の顔を持っていたのか?」

「彼らの個人的な事情については知りませんな。金に困っていたのか?奴隷が目当てだったのか?誰かに弱みを握られて手伝わされていたのか?そこまでは、知りようがありません」

「それで、全員、行方知れずなのか?」

「連絡が取れないようです」

「逃げ延びたが重傷を負っていて動けないとか、ネグロを襲った何者かに捕まっているとかの可能性はないのか?」

「その辺りもまったく情報が手に入りませんので」

Sランク冒険者は、ここで考え込んだように、暫く黙り込んだ。やがて口を開くと、

「俺はこの国の人間じゃない。今回の件は王宮が乗り出してくるだろう。俺が先走って動いていては、後々面倒なことになる。この国から正式に依頼があるまでは動けんな」と、奴隷商の期待に反する返事をした。これには、奴隷商は怒りを滲ませて、

「ここまでお話したのですぞ」と、詰め寄る姿勢を見せた。

Sランク冒険者は、そんな奴隷商の怒りもどこ吹く風で、

「だからこその結論だ。お主ももっと大きな目で状況を見るべきだな。ネグロを襲ったのが何者であれ、そいつはこの国そのものに喧嘩を売っているぞ。当然、それだけの力の持ち主と見るべきだ」

「では、指を加えて見ていろと」

「ドラゴン同士の争いに人間が加われるか?王宮が動けば数万の軍勢を動員できる。そいつに正面切って喧嘩を売った奴だぞ。とんでもない愚か者か、ドラゴン並みに強力な奴に違いない。ネグロを落としたのが何者か?それが分かるまでは俺も動く気はない。下手に手を出せばお前達も潰されるぞ」

奴隷商は蒼い顔をして何も言い返さずに小刻みに震えていた。その震えが怒りのせいなのか、恐怖のせいなのかは奴隷商自身にも分からなかった。

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