第21話 Aランク冒険者ラジアート
この街の裏社会のボス達がベルドボルグによって殺されたので、新しい裏社会の支配権を巡って、生き残っている裏社会の末端組織と、解放奴隷のうちの無頼漢達が抗争を始めた。
そんな抗争を尻目に、今、モンデールの裏社会で魔王のように恐れられ、君臨しているのは他でもない、俺の右腕の右腕という、訳の分からない立場のベルドボルグだ。
ベルドボルグは、Sクラスの魔物であるアサシンスライムの体を乗っ取った後、ダンジョンのビッグポイズンスライムを吸収したことで、今まで存在していなかったSSSクラスの魔物、ベルドボルグヒュージジェノサイドスライムに進化しており、裏社会の人間どころか、Sランクの冒険者ですら瞬殺できる存在になってしまっている。
ネグロの村にあった5万枚の金貨と1000人近い奴隷の持ち主は、ネグロに居た奴隷商達だけではなかった。奴隷の購入用に前金を預けていたり、奴隷そのものを預けていたり、奴隷市場に出資していた貴族や商人、闇商人や闇ギルド、さらには王族の一部までもが、資金の回収と報復に動き出した。
Aランク冒険者、ラジアートはモンデールの街を見下ろす丘に立っていた。
彼の依頼主は、ある貴族だ。その貴族は、奴隷の売買で多くの利益を上げ、その資金を使って、貴族社会の中での発言権を強めようと立ち回っていたところだった。
ネグロに預けていた奴隷は50人以上、奴隷の仕入れと育成に多額の金をかけてきた。そしてオークションで数倍の利益が出せると目論んでいたが、その儲けが失われた。それだけではない、それらの奴隷に費やしてきた分も赤字になる。その損害は金貨数百枚にのぼる。だから、Aランクの冒険者に金貨30枚で、奴隷の回収と犯人の捕獲もしくは処刑を依頼した。
ラジアートは、まずネグロの村に行ったが、当然のことだが誰もおらず、金目のものは何も残っていなかった。
その後、近隣の村々で、ネグロから馬車や荷馬を連ねた1000人ほどの集団が、モンデールの街に向かうのを見たという話を聞き込んでいる。それは、依頼主の貴族から聞かされた情報と一致していた。
さらに、ネグロからモンデールへ続く馬車の轍を追っていると、途中で戦闘の痕跡を見つけている。木立がまばらな草原で、何も残されていなかったが、一帯に夥しい血がまき散らされた跡があった。しかも、地面に妙な窪みが幾つもある。足跡のようだが、足跡でもない。ラジアートには何の窪みか分からなかった。
それ以外に何の手掛かりを得ることもないまま、ラジアートは、モンデールを見下ろす丘まで辿り着いた。
外から見た限りでは、モンデールには何も変わったところはない。門の前には、相変わらず街に入る者達の行列が見え、その数は、多くもないし少なくもない。戦闘があったような痕跡もどこにも見られない。
『しょうがねえな。街に入ってみないと分からねえか』
ラジアートはそう呟いて、街に入る者の行列に並んだ。
街の情報を集めるなら、冒険者ギルドのギルドマスターに話を聞くのも手だが、ギルドに顔を出せば、すぐにAランク冒険者が来たと噂が広まってしまう。
今回は、できるだけ密かに調べを進めたいので、自分が来たことは隠しておきたい。ラジアートはその為に、がらに似合わずフード付きのマントを着ており、フードを目深にかぶって大通りの裏にある一つの酒場に入った。
片隅のテーブルを選び、一人でエールを飲み、周囲の話に耳を澄ます。客達が大声で話しているのは、大きな娼館が出来て、娼婦たちが別嬪揃いだという話題だ。
「いや~、あのキャサリンって女、あんな別嬪、見たことねえな」
「しかしよ~、上客しか相手にしないんだろ~」
「いや、上客も取らないってよ~、なんっていったかヒモ野郎がいるっていったじゃねえか。そいつ専属だってよ~、悔しいね~」
酔った男たちが大声で話している。この酔っ払い達の話題はいつまでたっても娼婦の話ばかりだ。
ラジアートは、肉の炙り焼きをつまみながら、違うテーブルの話に耳を傾けた。
「最近、けつ持ちが変わったんだろ」
「まっ、どこがけつ持ちでも変わらないがよ」
「血も涙も無いって話じゃないか」
「どうだかな」
ラジアートはこの話に引っかかるものを覚えた。
『けつ持ちが変わった?ってことは、裏社会の力関係が変わったってことだな。こいつは、手掛かりになるかもしれない』
目立たないように店を出たラジアートは、一旦人気のない裏路地に入ると、気配を消して反対側から出て来た。Aランクだけあって、気配を消していると誰も彼の存在に気付かない。
密かに花街の方に移動していく。この街の花街にはいくつかの娼館が並んでいるが、どこも寂れていた。通りも人がまばらで、客引き達も暇そうにしている。
『これは、新しい娼館に客を取られたのか?そういえば。キャサリンがどうのって言っていたな。ここには、いないのか?』
暇そうにしている客引きが、寄り添って無駄話をしていたので、近寄って聞き耳を立てる。
「さっぱり客が回ってこないな」
「なんとかならないのか?」
「引き抜きをするって聞いたけど、どうなっているんだ」
『なるほど、競争相手の娼館は別の場所にあるわけか』
ラジアートは、さらにその辺りを回って立ち話を聞き込んだ後、一人のギャング風の男を殴り倒して路地の奥に引きずり込んだ。
そのまま俯けに転ばして背中を踏みつけて、首に剣を押し当てる。
「おい、起きろ」
脚に力を入れて強く踏みつけると
「げほっ、げほっ」とギャングは咽た。
そして、起き上がろうとするが、背中を強く踏まれているので起き上がれない。
「声を立てるな」と剣の先を男の首に食い込ませる。
「だ、誰だ?」
「聞くのはこっちだ」
「こんなことをしてただで済むと思ってやがるのか」
ラジアートは、剣先をさらに首に押し込む。剣先が少し食い込んで、血が流れ始めた。
「死にたいのか?聞いたことだけに応えろ」
「な、何が知りたい?」
「お前らのボスは誰だ?」
「そんなことも知らずに乗り込んできやがったのか?」
「いいから、答えろ」
「ここはサルディエヌス様の縄張りだ」
「お前らの競争相手は誰だ?」
「ベルドボルグに決まってらあな」
「随分客を取られているようだな?」
「けっ、そんな嫌味を言うために、こんな面倒なことをしてやがるのか?」
「ベルドボルグのことで知っていることを吐け」
「たいしたこたぁ知らねえよ。いきなりこの街に来て、代官も騎士団長もへこへこ頭を下げてやがる。しかも、ネグロの元奴隷を大勢連れて来やがったのに、どこからもお咎めなしだ。大方、どこぞの大貴族の回し者だろうって、もっぱらの噂だぜ」
「そいつは、何処にいる?」
「どこにでもいるって話だ」
「どこにでも?」
「あいつに会いたいなら、天国への階段っていう娼館の前で暴れてみな。すぐに現れるぜ」
「そいつはいいことを聞いた。その娼館はどこにある?」
「ほんとによそ者だな。この街の西側にあるぜ」
「ありがとよ」
ラジアートは、そのままギャングの首を掻き切った。
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