第9話 初めての宿

「さて、そろそろ何か食べるか?」

俺は、そう言って2つの中空に浮く魔法陣を出した。そして、それぞれの魔法陣の上に異次元収納から取出した猪の魔物の肉を置いて焼き始めた。

リーザは吃驚してその様子を見ている。

「もう少し焼けたら食べ頃だぞ」

「これは何ていう魔法?」

「名前なんてないよ。魔法陣で焚火とお皿の代わりにしているだけだ。これは猪の魔物の肉だ。さあ、焼き上がったぞ。肉はいくらでもあるから遠慮せずに食べろ」

リーザは、

「それじゃ遠慮なく」と、肉に手を伸ばした。

リーザが喉が渇いたというので、魔法陣でコップをつくって水を入れてやった。

「この水、さっきのような美味しさはないのね」

「これは魔法陣の水だから仕方がない。俺の掌から湧く水は特別なんだ」

「あの水をまた飲ませてくれない?」

「今か?」

「あ、後でもいいわ」

「あぁ、分かった」


俺たちは肉を食い、命の水を飲んだ後、大木に背中を預けながら座っていた。目の前の地面では、焚き火の魔法陣が心地良い炎をあげている。

「この火も魔法なの?」

「そうだ」

「便利ね」

魔法陣が使えるようになってからは、生活に必要なほとんどのことが魔法陣で出来てしまう。

2人が座っている場所も、魔法陣でつくった結界で覆っているので安全だ。

リーザは疲れているのか食べ終るとすぐに眠り始めた。初めは俺にもたれかかっていただけだったが、そのうち俺の太腿に体を預けて眠り続けた。

いつの間にか俺も眠り、空が明るくなった頃に目が覚めた。

リーザは俺の太腿に胸を押し付けるようにして眠っていたが、俺の体はフルプレートアーマーに包まれて入るので、彼女の柔らかさを感じることは出来なかった。


「ゆっくり眠れたか?」

俺の太腿の上で目を覚ましたリーザに声をかける。

「あら、私、あなたの膝の上で。は、恥ずかしいわ。何故起こしてくれなかったの」と顔を赤らめるリーザ。

「俺はフルプレートアーマーを着ているから、あんたの体に触れていないぞ。安心してくれ」

「そ、そうね。フルプレートアーマーを着ているわね。それなら体が触れ合ったわけじゃないわね。安心したわ」

「だいぶ元気になったようだな?」

「そうね。昨日のようなダルさがないわ」

「歩けるか?」

リーザはゆっくりと立ち上がると、少し歩いて、

「もう大丈夫みたい」

「良かった。それなら何か食べたら出掛けよう」

俺はコンロの魔法陣を2つ出して肉を焼き始めた。


しっかりと朝めしを食べると、俺たちは街に向かって出発した。

森が少し開けた所に出た俺は、

「リーザの仲間たちをこの辺りで埋めようと思うんだけど」

「あっそうか、私のパーティーメンバーを持って来てくれていたんだ」

「死体を出そうと思うが、その前にひとつ聞いておきたい」

「どんなこと?」

「気を悪くするかもしれないけど、リーザの仲間の持ち物が欲しいんだが貰っていいかな?」

「仲間の持ち物を?」

「ああ、俺はこの森で目が覚める前の記憶がない。金も持っていないし、鎧や予備の剣も持っていない。だからリーザの仲間が持っていたものを貰いたいんだ。もちろん全部貰うわけじゃない。必要な分だけでいいんだ」

「死んだ冒険者の持ち物は、冒険者証はギルドに返さないといけないけど、お金や武器は、見つけた者の持ち物になるわ。遠慮なくもらったらいいわよ」

「いいのか?リーザも、半分要るだろ?」

「私は、お金だけ半分貰おうかな」

「リーザがいいなら貰うぞ。それなら死体を埋める前に穴を掘るから少し離れてくれ」

リーザが少し離れると、俺は氷ドリルの魔法陣をつくって、『氷ドリル』と唱えた。

中空に氷でできた大きなドリルが現れ、地面に穴を掘っていく。またたく間に数人の人間を埋葬できる大きな穴ができあがった。

俺は、異次元収納から4人の死体を出して、死体から持ち物を回収した。

その後、死体を穴に入れ、アンデッドにならないように焼いてから土を被せた。

その後、彼らの持っていたお金をリーザと分け合った。4人合わせて金貨を30枚近く持っていた。

この世界の銅貨は10円に相当し、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚になるらしい。ということは、金貨30枚は、30万円ぐらいの価値があることになる。リーザと半分ずつに分けたので、俺の取り分は金貨15枚だが、これだけあればしばらくは困らないだろう。何だか泥棒をしているみたいで後ろめたいが、リーザから冒険者の常識だから気にするなと慰められた。

もっとも、異次元収納に入っている数えきれないほどの魔物の素材を売れば、大金が手に入るのだが、このときはそのことに気が付いていなかった。


「いよいよ街だな。この格好で街に入っていいのかな?」

ランダイの街に近づいた時点で、俺は聞いた。

リーザは、俺の姿をじっと見て、

「着替えた方がいいかも?」と答えた。

「やっぱりそうか」

真ん中から白黒に別れたツートンカラーのフルプレートアーマーは目立ちすぎる。俺は一旦木立の中に入って、死体から剝ぎ取った革鎧と服を異次元収納から出して木の陰で着込んだ。

ブーツも革鎧も少し大きい位で問題なかったが、俺は下着を着ていない。下着なしでいきなり他人のズボンを履くのは気持ち悪かったが、そこは我慢した。

問題は剣だ。左の腰に付けるタイプしかない。これも仕方がないのでそのまま身に着けた。

『右利きと見せかけて、いきなり左手の剣で切りかかればフェイントになるからいいか』と考えた。

俺が着替えて戻って来るとリーザは、

「剣は何故、左の腰に?左利きじゃなかったの?と聞いてきた」

「左利き用の剣帯がなかったし、フェイントになるから」と答えると納得していた。

街道に出てからは魔物に合うこともなく、その日のうちにランダイの街に着いた。

街門前の長い行列に並び、リーザは冒険者カードを提示して、俺は衛兵に銀貨2枚の税金を払って、街の中に入った。


俺たちは前もって決めていた通り、まず服屋に行った。俺は何が何でも真っ先に下着が欲しかったのだ。

リーザが選んだ手頃な感じの服屋に飛び込み、下着からズボン、上着、ブーツまで適当に選んでその場で着込んだ。リーザも破けた服は捨てて、新しい下着や服を買っていた。

これで2人ともすっきりした気分になり、リーザが泊まっていたという『風車亭』という宿屋を選び、2人部屋を取った。

街に入る前に、別々の部屋の方がいいんじゃないか?と聞いた俺に、女の一人部屋は押し込み強盗に狙われやすいから、冒険者のパーティーでも宿屋では必ず二人以上で泊まるのだそうだ。男と一緒でもいいのか?と聞くと、女が男とパーティーを組む以上、一緒に寝てもいいというサインだと取られても仕方がないらしい。女の冒険者はそうでもしないと、たちの悪い男どもの食い物にされてしまうのよ。私と前のパーティーのリーダーもそういう関係だったという答えが返ってきた。


「それでは、俺たちのパーティーのリーダーは?」

「コルネスに決まってるじゃない。だから、街に入ってもリーダーとして私をケダモノ達から守ってよ。頼りにしてるんだから」

最初に、弱みに付け込まないで。と言われたのが強烈な印象として残っていたので、リーザの中での俺の評価がそんな風に変わっているとは気が付かなかった。ひょっとしてリーザは俺を男として受入れててくれているのか?それとも生きるためには俺と組んでいた方がいいという打算だけのことか?この世界の常識を知らない俺は、それ以上聞くのは気不味いので、ここは流れに任せるしかないと思ったのだった。

とはいえ、森の中では俺の膝をベッド代わりにしていたリーザとの心の距離は日に日に近づいていたし、今まではフルプレートアーマーが壁になっていたので自分を抑えることが出来たが、この世界に来た最初の日以来始めて薄い服を着て、薄い毛布で寝て、隣りのベッドでは薄い毛布が柔らかい女性のシルエットを描き、静かな息遣いが聞こえる同室という環境に、俺は我慢が出来なくなってリーザのベッドに忍びこんだ。

そんな俺をリーザは優しく迎えてくれた。

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