第7話 美少女を助けた

攻撃スキルがレベルアップして、強さに自信が出来てきた頃だった。

俺は女の悲鳴を聞いた。

直ぐに声がのした方に向かって走り出した。俺の両腕は確かに神のように強いが、その他は生身だ。魔法陣でかなり強化しているとはいえ、聴力だってただの人間だ。

だから女が悲鳴を上げた場所はそれほど離れてはいなかった。

俺が現場に着いたときには、巨大な熊の魔物がこちらに背を向けて立ち上がっているところだった。

鑑定するとトールベアと出た。そいつの足元には、数人の人間が転がっている。俺は反射的に虚空連拳でトールベアを殴った。7メートルを超える巨大なトールベアだが、虚空から現れた3メートルもある巨大岩石の拳を立て続けに喰らってはひとたまりもない。頭を潰されて吹っ飛び、樹々をなぎ倒しながら死んでいった。

俺は地面に転がっている人間たちに駆け寄った。

真っ先に先程の悲鳴の主らしい、革鎧を着た女の様子を見る。内蔵がはみ出ているがまだ死んではいない。俺は旅の間につくっておいた治療系魔法陣のメガヒールLv4を発動させた。

魔法陣が女の上に現れて輝くと女は光に包まれた。暫くして光が消えると、女の体からはみ出ていた内蔵は体の中に収まったようで、腹の傷はきれいに消えているし、大きな爪痕があった顔の傷も消えていた。

鑑定Lv4の魔法陣を使って女が生きていることを確認すると、他の人間たちの様子も確認した。残念だが他の人間は少し前に死んでいた。かろうじて最後の女が死ぬ前に、駆け付けるのに間に合ったようだった。

傷が消えたとはいえ、内蔵が飛び出す程の傷を負ったせいだろう、女が意識を取り戻すまでかなり時間がかかった。


眠っている顔をよく見ると、少しあどけなさが残っていて、美女というよりは美少女といったところだ。

その少女は、まぶたを上げると、怪訝そうに周りを見回して俺に気づいた。

「はっ」

少女が息を飲み込む音が聞こえた。綺麗な顔が、驚きで歪んでいる。

「大丈夫か?」

俺は相手を安心させようとして声をかけた。

少女は目を見張るようにして俺を凝視していたが、やがてコクリと小さく頷いた。

最初は言葉が通じていないのかと思ったが、少女が顔に浮かべている不安気な表情から、どうやらこの鎧を怖がっているようだ。今の俺は全身がツートンカラーの鎧に覆われていて顔も見えないから、怖がられても不思議ではない。俺は兜のバイザーを開けて顔を見せた。

すると少女はホッとした安堵の表情を浮かべた。

「た、助けてくれたの?あの熊の魔物は?」

言葉はちゃんと通じている。異世界言語理解の魔法陣が、ちゃんと仕事をしてくれているようだ。

「俺が殺した」

「殺した?一人で?」と少女は周囲を見回す。

「ああ、仲間はいない。俺一人だ」

「私、死んだはずじゃ?」

「ああ、内蔵がはみ出ていた」

少女は驚いて自分のお腹を見る。

「えっ、なんともないわ?確かにお腹を裂かれたまでは何となく覚えているけど」

と言いながら上半身を起こして両手で腹の辺りを触る。腹を守っていた革鎧は既になく、服の裂け目から肌が見えていた。

「傷後もない?治療魔法?」

「そうだ。俺が駆けつけるのが一瞬遅れていたら助からなかったほどの大怪我だった」

「そ、そうなのね。助けてくれたのね。ありがとう」

少女は暫く沈黙してから、

「私はリーザーネというの、あなたは?」

「俺はコルベメネスだ」

「コルベメネスさんね。改めてお礼を言うわ。コルベメネスさん、ありがとうございます」

「いや、たまたま近くに居たから助けただけだ、気にするな」

「それでも、ありがとう。あっ、私、まだ動けそうにないんだけど、もう少し休ませてもらえる?」

「ああ、いいとも。あれだけの怪我をしたんだ。俺がここで見張っていてやるから、回復するまでゆっくり休んだらいい」

「でも、いつまでもここにいたら血の臭いで他の魔物が寄ってくるわ」

「そうだな。どうする?まだ歩けないだろう?」

少女は立ち上がろうとしたが、すぐに諦めて尻もちを着いた。

「少し待ってくれ」

俺は女を待たせて、

「あんたの仲間たちは、皆死んだようだが」

と言いながら、女の仲間の死体やトールベアの死体を異次元収納していった。

女はポカンとして、

「それって?」

「収納魔法だ」と俺は簡単に説明した。

「そんな。収納魔法が使えるなんて」

「そんなことより早くここを立ち去ろう」

俺は女の横にしゃがむと両手で女を掬い上げるように持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。


俺が女の仲間の死体を異次元収納したのにはいろいろな理由がある。

このままここに放って置くと、血の臭いを嗅ぎつけた魔物が寄って来るのでそれを防ぐため。それから、彼らの服や持ち物を貰うという目的もある。死者の身ぐるみを剥ぐに等しいが、この世界の物を何も持っていない俺には仕方がない行為だ。もっとも事前にリーザーネに了解をとるつもりだ。

俺はリーザーネを抱っこしたまま30分ぐらい歩き続けた。その間、威圧の魔法陣を作動させていたので魔物どもは寄ってこなかった。

少女を抱えながら歩き続け、やがて大きな樹を見つけたので、少女をいったん地面に降ろし、大木の前の草を焼き払い、そこにできた空き地に少女を降ろすと、俺もその横に座った。

「体の具合はどうだ?」

「うん、だいぶ良くなった」

「まだ暫くは無理しない方がいい」

「そうね。体が重くて、まだ歩けそうにないわ」

「これからどうするんだ?」

俺の疑問に、リーザーネは頭を振った。

「まだ考えられないわ」

「そうか?仲間はあれで全部か?」

「いいえ、私たちは3つのパーティーで出発したの。5人、6人、6人、全部で17人いたわ」

「それが全部あの魔物にやられたのか?」

「違うの。あの熊の魔物は後から現れたの。最初はロードウルフの群れと戦っていたの。何人か殺られたけど、それでもロードウルフはまだ何とかなる相手だったわ。3人が倒れたけど、ロードウルフをほぼ殲滅させたわ。それでちょっと気が緩んだところにあの熊どもが現れたの」

「熊ども?熊は、1匹じゃなかったのか?」

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