幽霊はいるんだよ。
11月3日、休みだが、夏休み。
11月3日は国民の祝日である文化の日なので、僕は学校に関係なく、学校に通っている人間は休みである。
だから、今日は罪悪感が少ない。
まあ、平日であっても罪悪感というものを段々と感じなくなっていることは事実である。
この罪悪感が完全に無くなった時、もう学校に戻れなくなるだろう。それでも、この釣れない堤防釣り生活を止められそうにない。
それに、この生活を止めさせない亡霊のような人間がいるから余計に戻れそうにない。
だが、今日は祝日だからか、彼女とは別の予感がする。
「その予感は正しい。」
その声は、いつもの透き通るような少女の声ではなく、少しかすれていて、加齢臭が漂うようなおっさんの声だった。
僕が後ろを振り返ると、やはりいつもの白いワンピースの彼女とは違って、ヨレヨレの黒いコートを羽織って、ぼさぼさの髪の毛の中年の男性が立っていた。口髭は口を覆う程生えていて、顔の縦じわは深く刻まれている。
見た目を一言でまとめると、ホームレスだ。
「いきなりその予感は正しいだなんて何なんですか?」
「いや、君の心で思っていることに言葉で答えたまでだよ。」
「なんで心を読めるんですか?」
「おや、当たっていたのか?」
「……。」
「やはり、その通りか。
君はなんとなく白いワンピースの少女が来るのではないかと思っていたのではないのか?」
「なっ、なんでそのことを……。」
「じゃあ、私も彼女と同じく……。
隣、いいかな?」
「……どうぞ。」
「ありがとう。」
そのおじさんはそう言って、僕の隣に座ってきた。彼はいつもの彼女同様、僕の腕にくっつけるように座ってきたので、僕は肘打ちして、離れるように促した。
「一種の人種差別だな。」
彼はそう言うと、少し僕と隙間を開けて座った。
「で、何が目的ですか?」
「目的か……。
考えてこなかったな。」
「考えてきてくださいよ。」
「君は目的なんて必要としていないだろう?」
「何を根拠に?」
「なら、白いワンピースの彼女が君に話しかける目的が分かるかい?」
「……。」
「彼女の言葉を借りるなら、1勝目かな?」
「……。」
「君は彼女の目的ならず、彼女の素性はフルネームくらいしか知らないだろう?」
「……。」
「不思議だと思わないか?
君とそこまで年の離れない少女が学校にも通わず、こんな平日の昼間にこの堤防に来ているという状況。
この近くには学校はないし、私自身、今の彼女は学校に通っていないことを知っている。
さて、なぜこのようなことが起こり得るのか? そして、なぜ、彼女は昼間の特定の時間に現れ、今日は現れなかったのか?
君は気にならないのかね?」
「気になって欲しそうですね。」
「そうだった。
君は目的など必要としない人間だった。自分で言っておきながら、すっかり抜け落ちていたね。」
「じゃあ、あなたは僕と目的もなく話をしに来たということですか?」
「まあ、目的が無いと言ったら噓になる。だが、それもまた君は好きだろう。
だって、彼女は重要な目的を隠して君と話をしているのだからね。」
「随分、彼女をだしに使いますね。」
「そうでもしないと、私の話を真剣に聞かないだろうからね。」
「いつだって、真剣に人の話は聞きますよ。小学校で習いますからね。」
「それは良かった。それじゃあ、今からする私の質問に答えてくれ。そこから話をしていこう。
では、質問だ。
君は幽霊はいると思うか?」
「……その質問、意図はあります?」
「そんなこと考えずに、率直な君の意見を聞かせて欲しい。」
「……幽霊は見たことが無いんで、いるかもしれないとしか言えません。」
「ほう、どっちともいえない答えだね。」
「だって、生まれてこの方、幽霊もしくは心霊現象と言うようなものに出会ったことが無いです。
だからと言って、幽霊がいないというべきではないでしょう。だって、僕が生まれてこの方、ミッキーマウスを実際に見たことが無いからと言って、ミッキーがこの世界にいないとは言えないでしょう?」
「ディズニーランドに行ったことないのかい?」
「親に連れて来てもらったこともありませんでしたし、小学校の修学旅行は京都だったんでね。」
「へえ、じゃあ、私はミッキーをいると言える。
何度もディズニーランドに言ったことがあるからね。」
「見た目とは裏腹ですね。」
「まあ、そうか。私が行きたいわけではなかったからな。
それはさておき、君が幽霊を信じない理由は、あまりにも根拠が薄いな。」
「どの部分がですか?」
「だって、実際に見た見ないで、存在を確定するなんてことはいけないな。
だって、それは主観だろう?
それが通じるなら、世界は人の解釈次第でねじ曲がり、矛盾だらけを抱えてしまうよ。」
「幽霊の存在なんて、人の主観でしかないでしょう?」
「確かにそうだな。でも、そうじゃないかもしれない。」
「そっちこそ煮え切らない答えですね。」
「でも、こちらには論理的な理由がある。
私は幽霊の存在を肯定する説を3つ持っている。」
「ほう、その説とは?」
「1つ目は、人間の認識。2つ目は、人間の幻覚。3つ目は次元的解釈だ。」
「思ったより、スピリチュアルな説ではなさそうですね。」
「私は合理的な説しか信じないからね。
じゃあ、1つ目の説、人間の認識の問題だね。
さっき言ったミッキーマウスの件だが、私はミッキーを見ているからと言って、この世界に存在していると言えるのかな?
答えは否だ。
だって、視覚が嘘をつくことがあるからだ。」
「視覚が嘘をつく? 2つ目の幻覚と同じじゃないですか?」
「それは私の語彙の無さからだが、明確に違いはある。
まず、視覚が嘘をつくというのは、目で見た情報を脳が認識を変えて人間に提供するという意味だ。
例えば、人間は3つの点があれば、それを人の顔だと認識してしまう習性があるらしい。
これは、目で見た3つの点を脳がその情報から、人間の顔だと解釈してしまったわけだ。
これを使えば、幽霊の存在も肯定できる。だって、幽霊を見る人間は、幽霊の固定概念を認識している場合が多いからだ。
皆、頭に白い三角巾を付けて、白い死に装束を着て、手の甲を前に見せながら、恨めしやと呟いている幽霊の姿をなんとなく知っているだろう?
だから、心霊スポットだったり、幽霊がいそうな場所では、人は幽霊のイメージを頭の中で思い浮かべる。その中で、幽霊の姿に見える視覚情報を見つけてしまえば、それを幽霊だと認識するんだよ。
こんなガバガバのAI画像検索みたいなことが人間で起こってしまう現象が幽霊の正体だと考えることができる。
これが1つ目の説。
そして、2つ目の説は人間の幻覚の話だ。これは、人間が認識を誤るという点では1つ目の説と同じだが、その過程が1つ目とは違っている。
2つ目の説では、人間の認識を電磁波が誤らせるんだ。」
「急に胡散臭くなってきましたね。」
「まあ、そういうな。
これはちゃんとした説だよ。だって、心霊スポットの多くは特殊な周波数が流れていたり、方位磁針が狂ったりする。これは、その場所が電磁波で乱れている証拠だ。
このような電磁波の流れは、人体に影響する可能性がある。なぜなら、人の神経伝達は電気信号によって行われているからだ。
視覚で受け取った情報を脳に渡すときに、外部の電磁波が邪魔をして、情報にノイズを挟む可能性がある。そうしたノイズは、単純に幽霊のぼやける感覚だと認識されることもあるし、ノイズを人間の頭が補完して、おかしい映像を認識させる結果になることもあるだろう。
さらに、この電磁波は脳だけでなく、体全体にも影響する。だから、心霊スポットに行くと体がだるくなったり、肩が重くなったりする原因は、このような電磁波が体の不調を作り出すのだとも考えることもできる。
これが人間の幻覚から幽霊を感じる仕組みだ。」
「どっかの宗教のセミナーで言われてそうですね。」
「まあ、電磁波が脳に影響するなんてことを言うと、陰謀論らしくなるね。人間の認知に影響する事柄は、その事柄を考えている人間もその電磁波の影響を受けている可能性があるから、非常にデリケートな内容になりがちだね。
ともかく、これまで話してきた2つの説は、脳が認識を誤ることで起こり得る現象だということで共通していた。
しかし、最後の説は脳の情報も、視覚の情報も誤りが無い正常な人間でも幽霊を認知しうるものだ。
心霊現象のような人間の解釈の余地が無く、実際にものに働きかける現象を説明する上で最も適した説になる。
それが次元的解釈だ。
幽霊は4次元的な存在であるという解釈をすれば、大体の心霊現象は説明可能だ。まず、4次元とは、空間に加えて時間が加わったものだ。
例えば、今私はこの堤防に座っているが、昨日は少女が座っていたはずだ。4次元では、時間を気にしないので、今日の私と昨日の少女は重なっていることになる。しかし、生きた人間はその4次元的なものに干渉することができない。
だが、死んだ人間がその4次元に干渉できるものだとすると私は昨日の少女に触ることもできるし、昨日の君にも触ることができる。
しかし、基本的に4次元上の相手は3次元上の私達からは干渉することができない。
これは、2次元、つまり紙に書いた平面的なものから3次元を干渉できないことからも分かるだろう。
2次元のキャラと3次元の人間では肉体的に交わることはできないし、3次元の人間が2次元のキャラを干渉することは出来るが、2次元のキャラが3次元の人間を干渉することは無いだろう。
だから、4次元上の幽霊でも同じようなことが起きている。
4次元の幽霊は私達に干渉することは出来るから、目の前に現れることもできる。しかし、完璧な干渉は出来ないようで、おぼろげにしか私達は幽霊を知覚することができないのだろう。
これが次元的な幽霊の解釈だ。」
「まあ、エセ科学じみた話を長々と話してもらいましたね。」
「エセ科学か。その通りだな。まだ立証はされていないから、そうされるべきだろう。
だが、この説明した3つの説は君の心を揺らがせることには十分だったと思うがね。」
「どういうことでしょうね。」
「とぼけてもいいが、私は君に伝えたことは分かってもらいたい。
特に、3つ目の説だ。幽霊は3次元上を完璧に干渉することは出来ない。これは覚えておくと良い。
死んだ人間と生きた人間が完全に分かり得ることは、不可能だ。」
彼はそう言うと、堤防から立ち上がった。
「それでは失礼するよ。」
彼は不穏な言葉を残して、堤防から去っていった。
その後、僕は釣りを続けたが、彼女が来ることは無かった。
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