第43話 虎

 戦いが始まって、まだ5分も経っていない。

 だというのに、俺は激しく消耗していた。


 ヤバいな。

 戦いが始まってからずっと防戦一方だ。

 隙を見つけて反撃しないと…このままじゃジリ貧だ。


 見かけに寄らずシェリアの戦い方は狡猾で、彼女は超接近戦を仕掛けていた。


 距離を取ろうにも、持ち前の素早さで自分の間合いまで詰め寄ってくる。

 剣は近距離戦用の武器だと思われがちだが、相手が拳となれば話は別だ。

 シェリアは、剣の間合いより、更に短い間合いで仕掛けている。

 小回りが効かない程の超接近戦。

 もう一歩でも後ろに下がれば間合いを奪い返せるが、シェリアがそれを許さない。

 その上、俺は剣より短い間合いでの戦闘経験が少なく、やり辛さを感じている。

 それを悟られているからなのか、シェリアは絶対に超接近の間合いを譲らない。


 (間合いをとって仕切り直しをする。その為には……)


 短剣をシェリア目掛け投擲する。

 案の定、避けられる。

 そして、隙が出来た俺の腹部にカウンターの拳。手痛いしっぺ返しだ。


「何処狙ってんの……っと!」


 全身に衝撃が走る。


 なんて威力だ。

 ただの右ストレートだとは思えない。

 一体、どんな鍛え方してやがる。


 そう何発も食らっていては身が持たない。

 耐えれて後2発……それまでにケリをつける。


 目の前まで接近していたシェリアが、再び拳を構える。


「どうしたの?こんなもんじゃないでしょ!」


 放たれる右ストレート。

 しかし、その拳は空を切る。


「へえ、それが噂のワープ能力か。本当に一瞬で移動出来るんだね。」


「俺のスキル、誰から聞いた?シルフィードか?」


「ううん。そんな事しなくても普通に噂になってるし。」


 噂になってるって…もしかしてあの決闘でか?全く、こんな厄介な事になるんだったら受けるんじゃなかった。


「進はさあ、自分が有名になってる事もう少し自覚した方がいいよ。名の知れた冒険者は、スキル隠す。じゃないと、進みたいに他ギルドの冒険者にスキルバレしちゃうからね。」


 こいつ、脳筋かと思ったらちゃんと下調べまでしやがって。


「別にバレたからといってなんだ。冒険者同士で争う訳じゃないだろ。」


「わかってないなぁ。冒険者なんて荒くれ者の集団。それに、法律が通用するのは外の世界だけ。ダンジョンの中で目障りな冒険者を始末する、なんてのはよくある話じゃん。」


 まあ、これはシェリアの言う通りだ。

 ダンジョンは危険で、冒険者しか入れない。

 法律はあるし、ダンジョン内の犯罪にも適用はされる。だが、それはあくまで被害者が生きて帰れたらの話だ。ダンジョン内で目撃者諸共皆殺しをしてしまえば、完全犯罪は容易く成立する。


「だからスキルバレは避けなきゃいけない。分かってるよ。進のスキルはナイフの位置にワープするんだって。」


「そうか。だったら、これならどうだ。」


 10本のナイフを無造作にばら撒く。


「俺が何処に飛ぶか、当てれるもんなら当ててみろ。」


 シェリアを惑わす様に、連続でワープを繰り返す。


「ほんとに何もわかってない。スキルを知った上で勝負を挑んでるってことは……それを討ち破る術を持ってるってこと。」


 空気が震える。

 シェリアの周囲から、得体の知れないエネルギーが溢れ出した。


 (一体何をしようとしている?)


「行くよ。スキル【猪突猛進】。」


 シェリアが一瞬で俺の前に移動する。


 (さっきよりも早い⁉︎だけど、【神出鬼没】なら避けられ——)


 確かにスキルを発動した。

 転移は確実に成功した筈だった。

 しかし、俺の目の前には、先程と変わらずシェリアの姿がある。


猛虎翔掌もうこしょうしょう


 シェリアが放っていた得体に知れないエネルギーは、虎の形へと変化し、俺を呑み干した。


 その威力は、さっきまでの右ストレートとは桁違い。殴り飛ばされるとか、そういう次元じゃない。エネルギーに呑み込まれ、体はどこまでも吹き飛び、全身に走る激しい痛みで、俺の意識が僅かに飛んだ。




 残されたシェリアは、遠くで倒れる進を見て、頭に手を当て呟く。


「あちゃー、やり過ぎちゃった。」

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