第40話 妹

 時刻は0時。

 すっかり暗くなってしまった街並みを眺め、俺は歩いていた。

 目的地は、当然ダンジョン。

 最近は昼間に2人の相手をしていてあまりクエストが出来てないので、今日辺り一気に巻き返すつもりだ。


 金川は無事ランクアップを果たした…のだが、まだ新しく得たスキルは教えて貰っていない。どうやら使いこなすのが難しく、しっかり会得するまでは隠したいみたいだ。

 まあ、使えないスキルを戦力として期待するのも無駄なので、俺も深くは追求しない。


 シルフィードも動機はなんであれ、妹を取り返したいという一心で、毎日街のゴミ拾いや下水道の掃除といった雑用をこなしている。

 俺たちの邪魔ばっかりしていた熱量を、ようやく他に向けてくれた。


 良くも悪くも真っ直ぐ。

 出来れば日頃からもう少し他人の迷惑にならない様に考えて行動する、という事を覚えて欲しいが、まあ、今は置いておこう。

 

 年下の2人が、それぞれ目標を立てて頑張っている姿を見るとなんだか俺も少しだけ熱い気持ちになった。

 見本となるべき年上の俺だけ置いていかれる訳にはいかない。


 俺の場合、一番手っ取り早く強くなる方法はランクアップする事。

 俺と他の人との違いは得られるランクアップボーナスの数だ。

 数の優位を活かすためには、他の奴より多くモンスターを倒し続けて、レベルアップを図るしかない。

 入院中に借りた金は、もう返せる。

 雑魚狩りもやめにして、少しばかり危険を犯してでも強いモンスターを狩る時が来たのかも知れない。


 人々が寝静まっている。そんな静かな街を歩いていると、遠くにぼーっと立ち尽くす人間が見えた。


 (髪が長い…女性か?こんな遅くに珍しいな。)


 酒でも飲んでいたのだろうか。

 一点を見つめ、天を仰いでいる。


 少し心配になった俺は、女性に声をかけた。



「あの、大丈夫ですか?」


 いきなり声をかけられた女性は驚いたのか、体をビクッとさせた後こちらを振り返る。


「ああ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてただけだから大丈夫。」


 振り返った女性は見覚えのある顔をしていた。


「お前は確か……妹。」


 間違いない。

 髪を下ろしているので印象は少し違うがこの顔は紛れもなくシルフィードの妹、シェリアだ。


「あんたは……え〜と……」


「そういえば自己紹介してなかったな。ギルド『銀狼の牙フェンリルファング』所属、前山進だ。よろしく。」


「ああ!そうだったそうだった。鎧武さんが言ってた人だ。知ってると思うけど一応。ギルド『狂暴な鬼人バーサクオーガ』所属、シェリア・ミカエラ。よろしく。」


 シルフィードとは違い、自信に満ちたはつらつとした声。ギルドの影響か、少しばかり男勝りかつ豪快な印象も受けるが、整った顔立ちに年下とは思えない抜群のプロポーション。

 シルフィードの男ばかりのギルドに置きたくないという気持ちも分からなくはない。

 

「それにしても、こんな夜中にどうした?シルフィードが心配するぞ。」


 俺の問いに、シェリアはバツの悪そうな顔をしながら答えた。


「え〜と…まあ、そのバカ兄貴と喧嘩しちゃって……家出中?って感じ。進は?」


「ちょっと小銭稼ぎにな。」


「へぇ、そうなんだ。」


 ニヤリと笑みを浮かべる。

 その表情を見た瞬間、一瞬シルフィードの顔が過ぎり、なんだか嫌な予感がした。


「それ、私もついてく。パーティ組もうよ。」


 シェリアとパーティを組む…か。

 厄介な事を言い出すなぁ、こいつも。


 別にパーティを組むのが嫌という訳ではない。ただ俺の中でどうしてもあの日、鎧武が言ってた『シェリアの性格に難がある』という言葉を忘れられずにいる。

 兄のシルフィードがアレだ。

 今のところ、まだまともにも見えるシェリアだが、一体何を仕出かすかわかったもんじゃない。

 触らぬ神に祟りなし。

 関わらなくていいなら下手に関わるべきじゃない。よし、断ろう。


「今日は1人で潜りたい気分なんだ。悪いけどパーティを組むのはまた今度——」


「いいんだ。私、帰る家ないんだけど。ほっといたら知らないおじさんの家とかでも着いていくかも知れないよ。」


 断ろうとした瞬間、声を被せる様に話し出した。


「金持ってるだろ。ホテルにでも泊まれ。」


「財布もぜーんぶ置いて来ちゃった。いいの?なんかあったらお兄ちゃんに言うよ?進のせいだーって。」


 この野郎。自分の兄貴が面倒で厄介者だと分かった上で、脅しに使いやがった。

 あの兄にしてこの妹あり。

 やっぱり兄妹だよ。こいつら。 


「まあ、というのは冗談にしても。いい経験だと思うよ。私、ランク5だし。見たくない?上級冒険者の戦いっぷり。」


 シェリアの提案は、確かに魅力的だ。

 俺は過去にも数人、格上の戦いを見た事がある。晴太と斗真。

 だが、晴太は特殊なパターン過ぎて参考にならなかったし、斗真は身近にいるくせに自分の力について話したがらない。

 見て学ぶにしても、あまりに時間が短すぎた。上級者と一緒に探索できる機会というのは、正直ありがたい。


 関わらないべきか、学ぶべきか。

 暫しの思考の末、答えは出た。


「……今日だけだぞ。」


「やりぃ。宜しくね、進。」

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