第6話 神出鬼没

 金川が銀狼の牙フェンリルファングに加入して2週間。

 俺たちは順調にダンジョンを攻略していた。


 現在はダンジョンの3階層にいる。

 今日の目的はソニックウルフ。

 狼型のモンスターで素早い動きと鋭利な牙が厄介とされている。


 木の上から一矢、ソニックウルフの頭部目掛けて矢が放たれた。

 当たる前に気付かれて躱されはしたが、目的は当てる事ではない。

 草陰に身を潜めてる俺の元まで誘導するのが今の一矢の目的だ。


 金川の矢の誘導で、徐々に俺とソニックウルフの距離が縮まる。


 (後少し……よし、今だ!)


 草陰から突如姿を表した俺に反応できず、ソニックウルフの首は地に落ちた。


 「討伐完了。」


 ソニックウルフの体が砕け散ったのを確認すると、忘れずにアイテムを回収する。


 落ちたアイテムは『魔狼の毛皮』

 これはラッキーだな。

 防具の素材にもなるし、それなりに良い値段で売れる逸品だ。


「よし、順調順調。金川もだいぶ上手くなったんじゃないか?」


「ふん、当然よ。」


 金川は相変わらずツンツンしているが、最近はそれも可愛げがある様に感じて来た。

 それもこれも、懐が潤って心に余裕が出て来たおかげだ。


 金川が来る前の俺の稼ぎはよくて月20万、悪ければ10万などバイトと同じくらいの稼ぎしかなかった。

 しかし、金川が来てから効率よくダンジョン探索やクエストが進み、この2週間ですでに20万を突破している。

 まあ、冒険者は武器や防具の購入に金がかかるのでこの程度の月収はまだまだなのだが、それでも嬉しいものは嬉しい。


(もう少し下の階層に行けば、もっと稼げるだろうな〜)


 5階層まではランク1で通用するため、稼ぎは1階層と5階層でそこまでの差はない。

 だが5階層以降ともなれば10万以上の収入差が出て来てしまう。

 いわば冒険者単体で十分な稼ぎを得られる基準が5階層と設定されているのだ。


 もう少し下層に挑戦してみたい。

 そう考えた時、ふと疑問が浮かび金川に尋ねてみた。


「そういえば金川は最高で何階層まで行った事あるんだ?」

 

「そうね…6階層までは行ったことあるわよ。まあパーティで行っただけで私は何も出来なかったけど。」


 6階層か…

 今はまだ早過ぎるけど、ちょっと気になるな。


「6階層っていったらどんなモンスターが出るんだ?確か5階層を超えた辺りから人型が出て来るって聞いたんだけど…」


 モンスターは一般的に人に近ければ近いほど、知能が高く強いとされている。

 人型というのは二本足で立って歩くモンスターの事を指す言葉だ。


「私が見た事あるのはオークくらいけど…あれは強かったわ。パーティ一の力持ちだった人がパワーで負けてたもの。」


 【オーク】

 人型で最も知能が低いとされるゴブリン。

 そのゴブリンを統率しているのがオークと言われている。

 獰猛かつ凶悪でパワーが持ち味のモンスターだ。


「そうか。今の俺たちが出会ったら一溜りも無さそうだな。」


 何気ない会話のつもりだった。

 まさかこれがフラグになるだなんて、この時の俺は想像もしていなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ギルドに帰ろうと2階層へ向かっていると、上層へ登る階段に3人の男が立っていた。


 ダンジョン内で他の冒険者と出会う事など珍しくも何ともない。

 軽く会釈をして横を通り過ぎようとしたその時、男の1人が金川の肩を掴んだ。


「な…ちょっと、離しなさいよ!」


 そう抗議するも男は一向に金川を離す気配はない。


「おい、いい加減にしろよ。」


 あまりの態度に俺は肩を掴んでいる手を無理矢理引き離そうとするが、びくともしなかった。


 こいつ——なんて力だ。


 男は俺の事など気にも止めず、金川に話しかけた。


「クソ女が…テメエのせいで俺たちはあのギルドを脱退させられたんだぞ。この責任、どうしてくれんだ。」


 (何を言ってるんだ?こいつは…)


 人違いじゃないのか?

 そう思ったがどうやら違うみたいだ。


「ま……正嗣まさつぐさん。それにあんた達は……」


 どうやら知り合いの様で、金川は見るからに動揺している。


 知り合いだとしたらこいつらは前にギルドでのパーティメンバーたち。

 だがなぜこんな真似を?


 その答えはすぐに男の口から出た。


「マスターがテメエを追い出した俺たちは除名だとか抜かしやがったんだ。どうかしてると思わねえか?テメエ如きのせいで俺達の経歴に傷が出来てしまったじゃねえか!」


 男が金川を壁に叩き付ける。


 ——この野郎!


 俺は剣を抜き、2人に間に割って入ろうとするが簡単に蹴り飛ばされてしまう。


「何だ、この雑魚は。テメエこんなんと手ぇ組んでんのか?」


 男は倒れた俺の手をぐりぐりと踏みつけて来た。


 痛い…が剣だけは手放さない。

 力量差がある相手に対して武器まで手放してしまったら終わりだ。


 倒れ込み俺と執拗に右手を踏みつける男。

 そんな姿に耐えかねたのか、金川は俺を庇うように大声をあげた。


「やめて!謝るから…ちゃんと謝るし、マスターにもギルドに戻して貰う様に言うから…だからその人には手を出さないで…」


 金川が泣きながらそう訴えった。

 普段の強気な態度からは考えられない姿だ。

 そんな金川の姿を見て、男は口角をあげニヤリと笑った。


 嫌な笑い方だ。

 ヤバい予感がする。

 

 金川にも伝えたいが声が出ない。

 俺の推測が正しければ、恐らく奴が次に取る行動は——


「こいつがそんなに大事か?いいぜ、手は出さないでいてやるよ。……手はなぁ。」


 次の瞬間、まるで打ち合わせでもしていたかのように残り2人が動き出した。


 1人が金川の両手を拘束し、もう1人は何やら宙に円を描いていた。


(あれは——スキルか?)


 男が何もない空間に円を描くと、円の向こう側には大量のモンスターが浮かび上がる。


「固有スキル『神出鬼没』。空間と空間を繋げるいわばワープのようなスキルだ。この向こうには俺らが集めたモンスターがいる。数にしてざっと50体。本当はこのクソ女に使おうと思ってたが、テメエを痛めつけた方が面白そうだ。」


「や……やめ…ろ…」


「はっ!ヤダね!」


 振り絞った声も虚しく、俺は円の中へと蹴り飛ばされてしまった。


「約束通り、手は出してねえぜ。」


「—————!!!!」


 腹部に走る痛みと浮遊感に襲われる中、金川の声にならない声が聞こえた。

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