第5話 金川の実力

 目の前で繰り広げられる戦いは……なんと言うか…その……酷いものだ。


 震える手で短剣を握り、スライム目掛けて切り掛かる。

 しかし目を瞑ってしまっているので当たる筈もなく短剣は空を切る。


 対して、スライムは体当たりで応戦して来る。

 まあ、金川のランクは2なのでこの程度の攻撃はまるで効いてない。

 ランク2だと普通なら5階層より下でも戦えると言われている。

 1階層のスライム程度、普通は敵じゃない。


 (そろそろ援護した方がいいかなぁ。でもプライド高そうだしなぁ…)


 そんな事を思いながら金川の戦いを俺は見守っていた。

 どうせスライムの攻撃は効かないんだし、放置していても金川は大丈夫だ。

 俺はゆっくりと見守る事にした。


 (あ、また空振った。)


 ただ時間だけが過ぎて行く。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 あれから15分くらい経っただろうか。

 たまたま剣を振り下ろしたタイミングでスライムが体当たりをしてきたお陰で金川は何とか1体目を倒す事に成功した。


 1体で15分。

 俺がいつも受けてるクエスト【スライム10体の討伐】にかかる時間が3時間。

 これに移動時間を加えたら余裕で3時間は超えてしまうのだが、やはりランク2といったところか一撃でも当たれば倒せる分、金川の方が早く終わりそうだ。


(まあそれでもやっぱり武器は変えた方がよさそうだよな。)


 そんな事を考えながら倒れている金川に近付き、手を差し伸べた。

 疲れて腰を下ろしていた金川は意外にも素直に俺の手を取り起き上がる。


「お疲れさん。援護しなくて悪かったな。」


「……何よ。どうせあんたも馬鹿にしてるんでしょ。ランク2にもなってスライムを倒すのがやっとだって。」


「別に。俺がやるより金川がやった方が早いから今後も任せる予定だよ。ただ一つだけ聞かせてくれ。お前、モンスターが怖いだろ?」


 俺も2年間冒険者をやってる身だ。

 モンスターが怖い。

 そういう奴とは何人も会ってきた。


 モンスターを怖がる奴の特徴は2つ。

 モンスターとの戦闘で重傷を負い、トラウマになったパターン。

 そして、そもそもの性格上争い事に向いていないパターン。

 このどちらかだ。


 金川は恐らく後者。

 詳しく詮索するのはマナー違反だから聞かないが、金川くらいの年齢の女の子ならモンスターを怖がるのも無理はない。

 冒険者という荒っぽい職業に就いたせいか、口調は荒くなっているが母親に為に働いているんだから根はいい奴だと思う。

 元来、争いごとが好きなタイプではないんだろう。


 冒険者になる奴の殆どが一攫千金を夢見てここ場所に辿り着いている。

 俺もその一人だからわかる。

 要は、手っ取り早く楽して稼ぎたいのだ。


 冒険者に資格は必要ない。

 やりたい奴がギルドに入り、ステータスの恩恵を使って戦う。

 必要なのはダンジョンで死んでも自己責任という契約書にサインする為の印鑑だけ。

 こんな仕事を選ぶ奴はまともじゃない。

 みんな何かを抱えて生きている。


 金川の場合、それが母親の入院費だ。

 大変だろうが口出ししてはいけない。

 俺に出来るのは彼女と共に働き、出来る限り収入を増やせるようクエストを沢山受ける事くらいだ。

 まあ歳上として少しくらいのお節介は焼かせて貰うが。


「な…何よ!怖かったら悪いの!?誰だってあんな化け物、怖いに決まってるじゃない!」


「別に悪いだなんて言ってないだろ。誰にだって得手不得手はある訳だし、短剣は向いてないかもと思っただけだ。ほら、これ使ってみろ。使い方は教えてやる。」


 俺は持っていた弓と矢を金川に渡した。


「弓なら遠距離から攻撃できるから短剣で斬りかかるより怖くないだろ。それに弓なら歌いながらでも使えるだろ。俺のサポートなんて嫌かもしれないけど、とりあえず一回でいいから使ってみろ。」


「…………」


 俺の言葉に金川は苦虫を噛んだ様な表情になる。

 暫しの葛藤の後、金川は差し出された弓矢を受け取り、小さな声でこう言った。


「……ありがと……」


 本当に聞こえないくらいの小さな声だったが、俺の耳にはその声が確かに届いた。

 少しだけ仲良くなれた気がした。

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