overture【2】


 普通であれば恐慌状態に陥ってしまいそうな状況下で、人々はなぜ平常心を保っていられるのか?

 

 理由のひとつは、この地が物語の世界にしか存在しないような超巨大海洋生物の度重なる襲来を受けてきたことと見ていいだろう。


 中でも近海の主としてその名を轟かせているのが、クラーケンだ。


 近海の主――通称・主様ぬしさま――は、数年から数十年に一度のスパンで愚者の町に訪れては、スナック感覚で人々を捕食していた。

 

 


 街角では、三人の奥方たちが世間話に花を咲かせていたが、この雨を受け、彼女たちの会話もよりいっそう盛り上がりそうだ。

 

「こんな日には、雨に誘われてが出てきそうじゃない?」


 ブルーを基調とした服装の女性が、声を潜めて言う。


「えぇえ~? 天気関係あるぅ?」


 即座に返したのは、ピンクを基調とした衣服を纏った女性だ。


「さぁ。でも、最近はとんと見かけないもんねぇ。確かにそろそろ出てきてもいい頃かも…………」


 全体をグリーンでまとめた女性が、海の方角を一瞥する。


「一連の誘拐事件が近海の主の仕業だったら、それも納得じゃない?」


「どういうことよ?」


「やり口を変えたってワケ!! ほらぁ、商売だってそうでしょう? いつまでも同じやり方じゃ通用しないから、大胆に路・線・変・更したのよっ! ド派手に襲撃かますより、こっそり少しずーつ食べたほうがいいって学習したの!」


「賢くなったってこと? えらいねぇ。うちの子にも見習ってほしいわぁ。家に帰ってきても、いつまで経っても宿題しようとしなくてさぁ」


「言ってる場合か? それが本当なら、あたしたち、誰にも知られないまま、こーんなでっかいイカの胃袋で消化されることになるかもしれないんだけど!?」


「「「それはちょっと……」」」


 三人の奥方たちは、眉を曇らせた。


「「「ま、でも死ぬときゃ死ぬし。生きてるうちにせいぜい楽しみましょっか!」」」


 ――――が、次の瞬間には肩を組み、宴の最中であるかのように声高らかに歌い出した。


 このように、地元の歴史をよく知る彼ら彼女らは、自分たちの命が突然奪われるかもしれないという意識を持っており、心構えも出来ている――というわけだ。

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