アブダクション・アディクション!?

片喰 一歌

序曲

overture【1】


 西暦××××年。


 どこかの国の西端に位置する港町――名を『愚者の町』という――では誘拐事件が相次いでおり、犯人の足跡そくせきが掴めぬまま、第一の事件の発生から数ヶ月が経とうというところだった。


 ――――にもかかわらず。人々は事件発生前と少しも変わらぬ日常を送っていた。




「やあ! いい天気だね」


 なかなかのハンサムフェイスを雨に濡らした男は、農場の入口に立つ男に話し掛けた。


「ああ、恵みの雨だ! これでウチの野菜もますます旨味が増してしまうな!! 水も滴るイイ野菜……ってね! ハーッハッハッハ!!」


 話し掛けられた恰幅のいい男は、雨に打たれながらも天に向かって高笑いを響かせた。結構な声量であるちょっとうるさい


「雨で旨味が増すのは米じゃん? おっさん、農家が水やり面倒くさがってどうすんのさ」


 そこへ通りがかった若い娘は、退屈そうに傘を回していた。三人目にして、ようやくまともな人物の登場である。


「我が娘!? リピートアフターミー、『お父さん』! 年齢的にはおっさんで大正解だあってるけど、アイアムユアお父さん!!! ドゥーユーアンダスタン!?」


 恰幅のいい男は娘の傘から振り撒かれる雨粒をもろに受け、全身ずぶ濡れになっていた。


「…………はぁ。娘に説教垂れる前に、傘くらいちゃんと差しなって。……はい。そっちの兄さんも、こんな安傘でよければ使いなよ。返却不要かえさないでもいいからさ」


 若い娘は、腕に引っ掛けていた傘をずぶ濡れの男性ふたりにそれぞれ差し出した。


「「ありがとう……!」」


 彼女が傘をくるくる回していなければ、ふたりの被害も多少は抑えられていたはずだが、水を差さずともよいだろう。なにせすでにびしゃびしゃだ。


 閑話休題。農家の彼から指示もあったことだし、いま一度、繰り返しておこうではないか。


 ――――ここ愚者の町では、誘拐事件が相次いでいた。しかし、この町は、誘拐事件の発生など微塵も感じさせないほど、活気に満ちていた。


「リピートしてほしいの、そこじゃないしキミでもなかったんだけどなぁ……! でも、ありがとね!!」

 

 恰幅のいい男が傘を広げた。赤地に白の水玉模様をしたその傘は、かつて彼が彼女に買い与えたものだった。

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