第66怪異討伐分隊の記録
02ンジャ
第66怪異討伐分隊の記録
「お前さん、あの祠を壊したんか……!」
始まりは、ある山奥の祠が心ない若者に壊されてしまったことだ、と言われている。
その祠がどういうものなのか、祠の中に何が祀られていたのか、記録は残っていない。
しかし、その『後』に起こったことは記録がある。
『怪異』が溢れ出したのだ。
この世ならざる者、地獄からの使者、悪魔、悪霊……様々な形容があるが、確かなことはただ一つ。
怪異によって人の世は崩壊した。
『祠アポカリプス』より二十年――しかしまだ、人間は滅んでいない。
「こちら第66怪異討伐分隊。目標地点に到達した。オペ子、霊障値の測定を始めてくれ」
『了解しました分隊長。しばしお待ちを』
分隊長の顔の側で、人形と呼ぶにはあまりに簡素な形状のペラペラの紙切れが答えた。オペ子の操る「ヒトガタ」という式神の一種だ。いかなる原理か、ふよふよと中空を浮遊している。
霊障値の測定までしばらくかかる。分隊長は闇に溶けそうな漆黒のカソックのポケットから煙草を一本取り出し、火を付けて咥えた。
紫煙を吐き出しながら、自らが率いる分隊の隊員――二名の少年少女を見遣る。
少年の方は持参した対怪異刀剣のチェックに余念がなく、少女の方は対怪異弾を装填した自動小銃を手に、落ち着かない様子でキョロキョロと周囲を窺う。
(こんな若えのまで前線に引っ張り出すかよ……世も末だなあオイ……)
『祠アポカリプス』より二十年、どれだけの人が死にどれだけ生き残ったのか定かではない。記録も統計も取りようがないほど、人類社会は崩壊してしまった。今は戦える者が戦い、人類の生存領域をかろうじて確保している。
せめてこの若いのは帰してやりてえよなあ――そんな思いから、分隊長は口を開いた。
「おうお前等、いくつだい?」
緊張をほぐしてやろう、という意図での軽い世間話のつもりだったが、少年と少女は弾かれたように敬礼し答えた。
「は、はいっ。自分は先日、討伐局から20レベル認定を受けましたっ!」
「わ、私は19レベル認定済ですっ!」
なんともクソ真面目な二人に、分隊長は思わず吹き出しそうになり、自分の言葉を振り返った。
「すまんすまん、言葉が足りなかったな。そっちじゃねえよ。歳だよ歳。年齢」
「あ……自分は17です!」 「16です!」
つまり、この二人はアポカリプス後の生まれだ。生まれた時から怪異に怯え、闇を恐れ、しかして戦うことを選んだ者。
「そうかあ……20年前なら、お前さんらのようなのは学校に行って、勉強やら部活やらやってるはずだったのになあ……戦場に立たせちまうとは」
「いえ、自ら志願したことですから……それに、高名な神父様と共に戦えて光栄です!」
少年の方が、真っ直ぐにこちらを見返しながら答えた。その瞳に輝く憧憬に、分隊長は背中が痒くなるような錯覚を覚える。
「やめろやめろ。俺はそんな立派なもんじゃない。神学校でも落ちこぼれだった不良神父さ。説法も説教もできやしねえ。ただガムシャラに戦って戦って……気付けばここにいる」
吐き出す紫煙の中に、ため息が混ざっていないと断言はできない。
立派な神父というのは悩める者を導き、人々の祈りを支え、死者を弔い、神の家を守る者だ。
断じて自分のようなはみ出し者ではない。
「ですが……神父様のお陰で多くの人が救われました。自分も、そうなりたいと思っています」
「私もです。小さい頃から神父様の話を聞かされてきましたから」
若いのの緊張をほぐすための世間話のつもりだったのに、なんとも居心地の悪いことになっちまったなあ――中ほどまで燃えた煙草を捨てて踏み消し、分隊長は二人に背を向けた。これ以上見つめられると自分のメッキが剥げてしまうような気がして。
「お前ら、俺が引けと言ったら引くんだぞ。これは俺が出す唯一絶対の命令だ」
「「はいっ!!」」
背中に刺さる無垢の視線を耐えながら、分隊長はオペ子からの通信を待った。早くしてくれねえと熱視線で溶けちまうぜ――そう内心でごちた矢先、ヒトガタが顔の近くまで寄ってきて震える。
『分隊長、霊障値の測定が完了しました。霊障値2000オーバー。AAクラス怪異です』
「なんとまあ……ヒヨッコ二人を連れては厳しいぞ。ソウゲンの奴はどうしてる?」
『エージェント・ソウゲンは現在急行中ですが……Bクラス怪異の群れに囲まれています。死にはしないでしょうが突破に時間がかかります』
敵は強大、増援は望み薄。いよいよ年貢の納め時か。ソウゲンの到着は待てない。AAクラス怪異がいつAAAに
分隊長は覚悟を固めて、十字を切った。
「主よ、我らを守り給え――」
祈りが届くなら、せめて後ろの二人は生かしてくれよな……言葉を飲み込んで、第66怪異討伐分隊は戦闘を開始した。
「ハレルヤ!」
輝くメリケンサックを両手に帯びて、分隊長はひたすらに拳を繰り出す。
AAクラス怪異の元に辿り着くために、まずは奴さんが差し向けてくる低級怪異の群れを祓わねばならない。
分隊長が先頭に立ち、若い二人はサポートを命じられている。若いながらもよくやっている。剣の振るいに迷いはなく、弾丸の狙いは鋭い。
後進が育っていることを嬉しく思いながら、分隊長は迫る怪異を殴り、粉砕し、祈りを込めて叫ぶのだ。ハレルヤ、と。
これでいい。消耗は少なく、順調に怪異の群れを減らしている。
このまま、あわよくばこのまま――全てが上手くいったなら。
そう希望を抱いた瞬間、ぞくりと背中に嫌な感覚が走る。
「オペ子!」
『対象怪異の霊障値が上昇を始めました!AAAクラスへの変生が始まっています!』
「くそったれ……早すぎるだろう」
見積もりが甘かったか。いや、今回の怪異の変生スピードが早すぎるのだ。
「そんなにヤバいのかよ、『ガジャガジャ様』ってのはよお!」
『詳細は不明です。いくらなんでもここまでとは――』
オペ子が全ての言葉を発し切る前に、ヒトガタは力を失ったかのようにひらりと地面に落ちた。ただの紙切れに戻っている。
「来る――」
周囲を見れば、低級怪異の群れは失せていた。変生に伴い、食事を欲した『ガジャガジャ様』が配下の怪異を追い散らして接近しつつあるのだ。
「がじゃ」
「がじゃガジャ」
「ガジャがjaがジャ」
不協和音の多重奏を伴って、『それ』は現れた。
蠢く骨の群れ、腐臭漂う肉塊、ドス黒い瘴気。それらがない混ぜになって、かろうじて四肢と頭部のようなものを形成したもの。
生者を求め、死を叫び、祠の向こうからやってきたもののひとつ。
分隊長は即断した。
「引け、お前等」
「しかし!」「神父様!」
「引けと言ったら引けぇ!!」
これはヤバい。ヤバすぎる。二十年戦い続けた分隊長をしてそう判断せしめる圧倒的な怪異であった。
とてもではないが足手まといを伴って相手にできる存在ではない。
命を賭して祓えるか、あるいは変生が済んでしまえば時間稼ぎができるかどうか――
「まったく……恨むぜ、祠を壊してくれたスカポンタン共よ……」
メリケンサックを握り直し、祈りを胸に、少しだけの恨み言を吐き捨てて、分隊長はガジャガジャ様に相対する。
ガジャガジャ様は瘴気を撒き散らし、奈落の瞳でじっとりとこちらを見ている。
これを見るものは竦むだろう。これを感じるものは怯えるだろう。
後ろの二人は本能的に悟った。勝てない。自分達はここで死ぬ。足が震え、汗が噴き出す。
分隊長だけがガンを飛ばして気炎を吐く。さて、どこから一発くれてやろうか。
「がじゃ」
「おう」
「ガジャガジャ」
「何言ってるかわかんねーよボケ」
「Gaじゃガja」
「うるせえこのfu――」
しゃらん――
ひどく清浄な音だった。天まで抜ける青空のような。渓谷を駆ける清流のような。
一音聞くだけで怒気も悲嘆も霧散するのではあるまいか。
そんな音を伴って、その男は現れた。
「いやはや、遅参の段、まこと申し訳なく。拙僧もまだまだ修行が足りませんな」
右手に錫杖。左手に数珠。纏う袈裟に乱れはなく、磨き抜かれた
「分隊長殿、聖職者にしては口が過ぎまするぞ」
分隊長も、ガジャガジャ様も動かない。ただその男だけが錫杖を鳴らしながら歩を進める。
「拙僧のHOU-RIKIの出番ですかな?」
【エージェント・宗玄】 【参 戦】
「馬鹿野郎、来るのがおせえよソウゲン」
「あいや失礼。これでも急いだのですぞ?」
「「ソウゲンさん!!」」
分隊長と少年少女の視線を受け止め、宗玄はひどく魅力的な笑みを浮かべた。
【HOU-RIKIを駆使して仲間を支援せよ!】
「色即是空 空即是色
裂帛の気合いと共に、宗玄が錫杖を地面に打ち突ける。
錫杖からは暖かな光が溢れ、分隊長と少年少女を包む。
「これがソウゲンさんの……」「HOU-RIKI……!」
光に包まれた三人は、体の奥底から力が湧き上がってくるのを感じる。
同時に恐怖も、怯懦も、足の震えまでもが失せた。
じゃらり――
宗玄の左手の数珠は随分と長かった。解かれた数珠は足元まで達しようとせんばかり。
【SHINN-GONで魔を祓え!】
「オン・アラリト・ウン・パッタ――!」
宗玄の発する言霊に数珠が励起し、ボゥと炎を帯びる。さながらそれは炎の鞭か。
「さて、各々方――
「「はい!!」」
「はっ……頼もしいじゃねえか……この国の『ボーズ』ってやつはよお!」
【新クラス ボーズ 参戦決定!】
オープンワールドサバイバルホラーVRMMO『大HOKORA時代』プロモーションビデオ
第66怪異討伐分隊の記録Part4【ボーズ参戦編】より抜粋
第66怪異討伐分隊の記録 02ンジャ @ninja02
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