第3話 大学生協の書店②
そんなクラブは一般庶民の僕には縁のない世界だ。
この大学はその類の同好会が圧倒的に多い。
つまり、この大学は、他の大学に比べてお坊ちゃん、お嬢さまの比率がかなり高いのだ。
じゃあ、他の大学にいけばいいではないか、と誰もが思うが、中々そうはいかないのが現実だ。就職や将来のことを考えると、ここ以下の大学であれば、その望みが薄くなるし、ここ以上の大学は難を極めた。
「旅行同好会」以外にも、「古美術研究会」「歴史研究会」とかあったが、それらも似たようなものだと聞いた。会員たちは、裕福な家庭の子息ばかりだ。
何かの研究と称して、旅行したり、週に一度は部員同士の親睦コンパ、また月に何度も合同コンパなど、男女の出会いの場を作ったりするのが主目的だ。
キャンパスを歩いていると、そんなクラブの連中は一目で分かる。まず、服装が違う。表情も違う。更に言えば、容姿端麗な子たちが多い。
たぶん良い遺伝子を引き継いでいるのだろう。
まさかとは思うが、美男美女ではない人間は、金持ち連中の同好会には入れないのではないか? そう思ったりもした。
実際、校内を颯爽と歩く同じクラブの人の群れを見ていると、容姿の劣る学生はいないし、暗い人間もいない。明るく活発そうな学生ばかりだ。
彼らには明るい未来しか待っていない。そう思えたほどだ。
僕は、とてもそんな連中の中に飛び込んで青春を謳歌する一員になる勇気はなかった。
僕は決して明るい男ではなかったし、遊びにお金を費やすほど裕福な家の人間ではなかった。
他に音楽系もスポーツ系等のクラブも考えたが、そのどれもが魅力を感じなかったし、僕には向かないと、はっきり分かっていた。
それに、スポーツ系のクラブも気をつけないと、お嬢さまやお坊ちゃんのクラブに間違って入部したら大変だ。「同好会」という名称には気を付けた方がいい。つまり、「テニス部」だと大会を目指して真剣に頑張っている感じがするが、「テニス同好会」だと、やはり男女の出会いを求めて入部する人が多い気がする。
そんな厳選たる取捨選択をして最終的に選んだのが、文芸部だという訳だ。
それだけ厳選して入部した文芸部だったが、後悔が無いと言えば嘘になる。
何故なら、部員の面々は皆、文学に詳しく、有名な著作しか知らない僕は、そこでの話題についていけなかったからだ。
だが、他にこれといって趣味もなかった僕は、文芸部以外の他の選択肢がなかった。
そして、他の部員たちの話題についくには、読書量を増やすしかない。そう思い、僕は本を漁った。
目の前に、様々な色で作者を識別した文庫の背が綺麗に並んでいる。
そこには、太宰や芥川に川端康成、三島由紀夫ばかりではない。知らない作家の名前が多くあった。
「大江健三郎」に「安倍公房」「遠藤周作」そして、今ではすっかり見なくなった「高橋和己」「辻邦生」「石坂洋二郎」「石川達三」「下村湖人」「倉橋由美子」等の作家名が生き生きと目に飛び込んできた。
その中には、「小林秀雄」や「江藤淳」のような難しい批評家の本もあった。
更に海外文学のコーナーに足を向けると、「ドストエフスキー」「トルストイ」のようなロシア文学。「カミュ」「サルトル」といったフランス文学などが並んでいた。
「ニーチェ」「ショーペンハウエル」等々の哲学書も僕の目に新鮮に映った。
全てが新鮮だったが、とても頭に入りそうにない本ばかりだ。ならば、僕でも読めそうな本に目を移してみる。
五木寛之がズラリと並んでいる。物凄い量だ。五木寛之は「青春の門」を読んでいたのでよく知っている。
その中の「ソフィアの秋」という短編集を手にとった。裏表紙のあらすじを読むと、「これなら読めそうだ」と思った。
その時、文芸部の先輩のある言葉が頭をかすめた。
「五木寛之なんて、文学じゃないよ。只の大衆小説だよ。頭に全く残らない」
頭に残らないことはない・・そう思ったが、
僕にはその区別すらつかなかった。純文学と大衆文学の違いなんて、どこがどう違うのか全く分からなかった。
普通の学生なら、分からずとも良かっただろう。けれど、僕は曲がりなりにも文芸部員だ。知っておかなければならない。
「純文学と大衆小説の違いって何?」
と部員の誰かに訊けばいいだけの話なのかもしれない。
だがそんな根本的な事を訊けば、
「君、本当に文芸部に入りたかったの?」
まるでその資格がないような言い方をされるかもしれない。
実際には言われないと思うが、クラブ活動が初めての僕は、部員との言葉は慎重に選びたかった。
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