2 トランプとビーズとおはじき

「お邪魔します」


 いつものように部屋に案内すると、瑠々るるちゃんはやっぱりいつものようにそう言って、部屋に入ってきた。ブラウンのコートを受け取って、ハンガーにかけて吊るす。

 瑠々ちゃんは高校を卒業しても相変わらず小柄なままで、それでもふんわりとしたイエローのセーターに包まれた体は高校生の頃より少し大人びた気がする。赤いスカートの裾から厚手のストッキングに包まれた足が見えていた。

 クッションに座った瑠々ちゃんは、大きな瞳を好奇心に輝かせて俺を見上げた。


かどくん、ボードゲーム作ったって言ってたけど」

「うん。でもあんまり期待しないで。ルールはまだ調整が必要だと思うから」

「それでもすごいよ。楽しみ」


 体質のせいでゲーム全般が好きじゃなかった瑠々ちゃんが、こうやってボドゲを楽しみにしてくれている。それだけで、俺はもうじゅうぶんに舞い上がっていた。

 俺は瑠々ちゃんと向かい合って座ると、テーブルの上にトランプのカードを広げた。


「じゃあ、早速だけど説明して良いかな」


 瑠々ちゃんが頷くのを見て、俺は言葉を続ける。


「鳥を集めるゲームを作ったんだ」

「鳥?」

「そう。今はこのおはじきが鳥だと思って」


 俺は百均のおはじきを一つ手にとって、瑠々ちゃんの前に置いた。瑠々ちゃんは不思議そうに瞬きをしておはじきを見た後、俺を見た。


「このおはじきが鳥で、鳥を集める……このおはじきを集めるってこと?」

「そう。鳥を集めるためには果物が必要で、果物を集めるためには木を育てる必要がある。この星のビーズが果物で、こっちのトランプが木」


 瑠々ちゃんは俺の説明に合わせて視線を動かした後、口元に手を当てて頷いた。


「うん。わかった、と思う」

「それは良かった」


 俺は笑って頷くと、説明を続ける。広げたトランプはスペードとクラブの一から五、全部で十枚だ。


「この数字は木の大きさ。大きな木の方が果物がたくさん実るんだ。で、たくさん果物がある方が、鳥もたくさんやってくる。ここまでは大丈夫?」

「大丈夫」

「そしたら次は、自分の手番でやることの説明。まず、自分の手番になったら……」


 ルールの説明──インストをしながら、ふと違和感に言葉を止めてしまった。瑠々ちゃんが不思議そうに首を傾けて、急に黙ってしまった俺を真っ直ぐに見る。白い頬に淡い色の髪がかかる。

 その顔を見て、違和感の正体に気づいた。息が止まるかと思った。

 瑠々ちゃんの体質が反応してない。ボドゲの中に入り込んでない。その様子もない。瑠々ちゃんがボドゲに入り込むのはいつだって、インストよりも前だったのに。

 ボドゲの中に入り込まずにインストしてしまっている。ということは、つまり──。


(俺の作ったこれは、ボドゲになってない……?)


 その可能性に思い至って、俺は瑠々ちゃんの視線から目をそらしてしまった。

 テーブルの上が目に入る。そこに並んでいるのはボドゲの内容物コンポーネントじゃない。百均で買ったトランプと、ビーズと、おはじき。それだけだった。




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