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◇◇
季節は梅雨で、毎日のように分厚い雲が空を覆う。
雨上がりは空気中のほこりが落ちて星がきれいに見えるといっても、その晴れの日がないから星も太陽も見えず、気分が憂鬱になっていた。窓を開けても風が通らない。湿度が高く、シャツが汗ばんでいるのがわかる。
みんなの集中力も切れて、教室にはだるい空気が漂っていた。
「少し休憩するか」
そんな生徒たちを見かねて、恭平がチョークと教科書を置いた。
「ここまでで質問ある?」
「先生彼女できた?」
「数学と関係ないな」
すぐさまお調子者の男子が質問して、「いませんけどなにか」と苦笑して答える。
最初の質問で今は授業に関係ない質問をしてもよいとハードルが下がり、男子女子関係なくあちこちから好きなタイプや何人彼女がいたかなど、恋愛に関する質問が投げられる。恭平はだいたい黙秘権を使っている。
「初恋はいつですかー?」
「小学生のとき、隣の家の高校生」
頬杖をついていたのが落ちそうになった。身に覚えのある話だ。
「告った?」
「秒でふられた」
教室に笑い声が起きる。
「美人?」
「そんなに……とか言ったら失礼か。でも、キャッチボールとかゲームとか遊んでくれた。大人げなかったけど」
こっそり苦笑を漏らす。否定はしない。
「そろそろはじめるか」
恭平はチョークを手に取って再び数式を書きだした。白と黄色、たまに赤のチョークで書かれたシンプルな板書は要点がまとまっていて、復習のときもわかりやすい。先月の中間テストは勉強したのもあってなかなかいい点を取れた。
ノートを取りながらさっきのやりとりを思い返す。初めて恭平の口から前世の自分の話を聞いた。
存在を忘れられてないとわかったけれど、姿を、会話を、一緒に過ごした時間を、忘れてほしくないと思うのは勝手だろうか。
自分は長谷川栞だったと
廊下の掃除を終えてほうきを片付けていると、同じクラスの男子と女子が並んで階段を下りていった。グループで話しているのを見かけることはあったけれど、ふたりで帰るほど仲良かったのか。
物理準備室に行く途中で、さっき見たものを亜子に話してみた。
「ふたり付き合ってるよ」
「いつから?」
「体育祭の日」
「まじか」
体育祭は梅雨入り前にあった。「今日気付いたの?」亜子が笑う。「タスキ交換したんだって」
この高校は体育祭で好きな人とタスキを交換するジンクスみたいなものがある。そのせいか体育祭の前後でカップルが増えた気がする。
私がその伝統を知ったのも前日で、誰とも交換することなく体育祭は終わった。ちなみに亜子は先輩にお願いされて交換した。
「私って鈍いなあ」
「しおは周りを気にせずぶれないところがいいと思う」
「えぇ、ほめるところじゃないよ。亜子みたいによく気付けて、周囲になじめるようになりたい。……なんて、亜子だって苦労してるもんね。軽く言ってすまない」
「ううん。いつも愚痴聞いてくれてありがとう」
誰よりも周りを見て、人から向けられる良い感情も悪い感情もそつなく受け流す。亜子の場合は早くから必要だったものだ。
一言でまとめるなら、『美少女』は大変なのだ。
部活のはじめに恭平からプリントが配られた。「校内合宿について」というタイトルを見て口角が上がる。
「学校の屋上でペルセウス座流星群の観測をするから、このプリントに保護者のサインをもらってきて」
「ペルセウス座って何?」
秦君がプリントから視線を上げる。
「怪物メドゥーサを倒した王子の星座。秋の星座だけど、流星群は毎年8月の中旬に見える」
1月のしぶんぎ座流星群と12月のふたご座流星群とともに、毎年ほぼ安定して流星が出現する三大流星群のひとつだ。
説明すると、へえ、とうなずく。秦君は星の知識はなくても根が真面目なのだ。
「秦は流星群見たことない?」
「夏休みにキャンプで見たことあります。名前は覚えてなかったけど、これだったのかも」
周辺の明かりの有無で見える夜空は別物みたいになる。今のお母さんの実家は田舎で、夏休みに行くと肉眼で天の川を見ることができる。
「私もしおに教えてもらってから、ペルセウス座流星群は見るようになった」
「条件が良ければ短い時間でも結構見えるし、時期的に観測しやすいからな。村田は真冬でも流星群眺めてそうだけど」
「防寒グッズそろえてます」
「やっぱり。今までで一番印象に残ってる流星群は?」
「うーん……。しし座流星群ですね」
冷え冷えとする秋の夜、部屋の電気を消して恭平とベランダから見た。星がぽつぽつと雨のように降る空に心が震えた。あれほどの流れ星を見たのは後にも先にもない。
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