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集合時間や準備物など一通り合宿の説明が終わった後は、夏休みの部活の計画を立てた。9月最初の週末が文化祭で、一般公開の日に天文部はプラネタリウムを企画している。
プラネタリウムの本体はあるので、ダンボールをつなぎあわせて半円の投影ドームを準備する必要がある。ドームの作り方は卒業生が調べた資料が残っていて、それをもとに制作スケジュールを考えた。
「去年はプラネタリウムを作るのに時間がかかって、ドームは外部から借りてきた。卒業生から8月に学校に来たいって連絡あったから、説明のことやお客さんの反応を聞いておくよ」
「部活に来てもらったらどうですか? 水曜じゃなくても先輩たちが来る日に部活を合わせて」
「お菓子のお礼言いたいです。当時の部活動の様子やプラネタリウムを作ったときの話も聞いてみたい」
「その方が早いか。言ってみる」
亜子の提案に私ものっかると、恭平も賛成する。
恭平から先輩に聞いてもらい、返事を天文部用のグループメッセージを送信するという話でまとまった。
「入学したかと思えば、もう夏休みの話か」
秦君がプリントを見ながらつぶやいた。
私も同じ気持ちだった。中学から高校へと環境が変わり、新しいことを言われるがままにこなしていく日々だった。1回目だったらもっと目まぐるしく感じていただろう。その2回目の部分も残り半年を切った。
「仕事しだしたら1ヶ月夏休みなんてないよ。宿題早く終わらせて、めいっぱい遊びな」
恭平の言葉に私も夏休みに思いをはせる。今年の夏は何をしよう。
その夜、忘れないうちに親に合宿のプリントのサインをお願いした。
「合宿で天体観測か」
「楽しそう」
お父さんがプリントを読んでいる横からお母さんがのぞく。
ダンディなお父さんときれいなお母さん。ふたりは長い間子どもができなくて、私は待ちわびた子どもだった。大事に大事に育ててくれている。
けれど、昔は作られたホームドラマを見ているようだった。
[長谷川栞は死にました。これから村田栞として生まれ変わります]
自分が一度死んだことも、突然課せられたゲームみたいな設定も、素直に受け止められなかった。
新しい家族として知らない人たちと暮らすことが、お父さん、お母さんと呼ぶことが苦痛だった。ふたりを拒絶して沈黙して、困らせたし、悲しませたと思う。それでもここは私の本当の居場所じゃない。記憶を持って生まれ変わってから長い間そう思っていた。
そんな考えが変わったのは、初めて前世の自分の家を訪れた日。初めて今の両親に叱られた。
小学生になったばかりの子どもが行先もわからないまま帰ってこないのだ。後から知った話だけれど、お母さんがお父さんに連絡して、お父さんは仕事の途中で帰って来て、学校にも電話して、警察にももう少しで電話するところだったらしい。
『心配した』
私が家に帰ったときの第一声。
どっさり叱られた後、お母さんとお父さんに抱きしめられて、ふたりの温かさに泣きながらごめんなさいとただいまを言った。私の帰る家は、家族はここなのだと、すとんと胸に落ちた。
「高校は楽しい?」
「うん」
お父さんの質問に笑顔で答える。
「あんなかっこいい先生に会えるなら、学校行くのも楽しくなるよね。保護者会も楽しみ」
「お母さん、お父さんが微妙な顔になってるから」
でも、お母さんの言っていることは当たっているかもしれない。元隣の少年が大人になって働いているところをこの目で見られるなんてごほうびだ。毎日授業参観みたいな気分。
途中で終わってしまった高校生活。もう一度やり直したからといって、毎日を全力で生きているわけではないけれど、一日一日の尊さを知っている。
長谷川栞でも、他の誰でもない。私は今、村田栞を生きている。
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