07(2)

 天文のフロアの後、地質や気象、生命など、科学館全体をたっぷりと見学した。

 科学館を出て再び恭平の車に乗って帰る。駅で降ろされると思っていたら、家まで送ってくれると言う。

 亜子を先に降ろし、車内はふたりだけになった。


「村田のおうちの人、今日家にいる?」

「出かけてなかったら父も母もいると思います。えっ、抜き打ちの家庭訪問?」

「そうなら俺の方が抜き打ちだよ。今日の格好トレーナーだし」

「先生はスーツ着ないといけないんですか?」

「特に決まりはない。カジュアル過ぎるのはダメだろうけど。俺の場合は服選ばなくて済むからスーツとかシャツ」

「私も小学生のとき服選び面倒だったので、中学生から制服がありがたいです」

「面倒になるの早すぎる。……って話ずれた。やっぱり体調良くなさそうだし、一応保護者に伝えておこうかと」

「すみません。多分、入学してからの疲れが出たのかもしれないです」

「慌ただしかったもんな。ゴールデンウィークの間にゆっくり休もう」


 いつも通りふるまったつもりでも、うまく隠せていなかったようだ。今も気持ちがざわざわしていて、気が緩むとまた泣いてしまいそうになる。

 前世の家族を遠くから見ることはあっても、今日ほど近くで対面することはこれまでになかったし、その予定もなかった。

 お母さんに先生が家に送ってくれる、とメッセージを送る。すぐに『お待ちしてます~』とハートの絵文字付きで返信がきた。喜んでいる。


 家に到着した。恭平も挨拶するからと車を止めて降りる。


「ただいまー」


 玄関で叫ぶと、「おかえり」とお母さんが廊下に出てきた。


「いつも栞がお世話になっています」


 恭平は私が科学館で少し体調が悪くなったことを簡潔に伝えた。お母さんからも大丈夫かと聞かれ、疲れが溜まっていたのかも、と答える。


「じゃあ、また来週な」

「今日はありがとうございました」

「お見送りしてくる。栞は休んでなさい」

「はーい」


 恭平ははじめ遠慮したけれど、お母さんにうながされてふたりは玄関を出た。



 ◆◆


 村田の母親は高校生の子どもがいるように見えないほど若く、村田は母親似だと思った。


「先輩たちは卒業してしまったけど、天文部に入れてよかったとうれしそうでした」

「部室にある天文の本もよく借りていて、僕よりもずっと詳しいです」

「私も夫も詳しくないのに、栞は昔から星が好きで」


 日常生活で星は知らなくても困らないし、興味が無ければ覚えないだろう。たまたま俺が星に興味を持ったのは、ふたりの幼なじみの影響だ。そのひとりの智さんは今も星に関わる仕事をしている。


 俺自身は高校まで野球を続けて、大学で天文サークルに入った。流星群の時期や天文イベントに合わせて自然が豊かな場所で合宿したりもしたが、あれは飲みサークルと呼んでもいいと思う。


「栞は、高校で周りの子となじめていますか?」

「えっと、酒井とよくいますが、クラスメイトとも話しているのを見かけます」

「そうですか」とほっとした表情になる。

「昔からひとりでいても平気で。小学生の頃はもっとみんなの輪に入りましょうと、担任の先生からよく言われました。亜子ちゃんには仲良くしてもらって本当に感謝しています」


 ひとりでいること。他人の違いを認めること。

 自分は大学の講義やサークル、アルバイトなどで異なる年齢、立場、価値観の人と出会うようになってから、自覚的に受け入れられるようになった。

 同じ趣味、価値観の仲間で集まっていたそれまでの狭い世界は楽しくて、時々窮屈で、息苦しくなってしまう人だっている。


 ブームが来ているとも女子高生が多く興味をもつジャンルとも言えない天文が、星が一番好きだと言った村田を、俺は微笑ましく思ったけれど、親目線なら心配する気持ちもわかる気がした。


「他の高校生と比べて落ち着いているし、反抗期もなさそうですね」


 生活面も勉強面も問題ない。むしろ高校生にはまだ早い悟りみたいなものを感じる。

 冗談のつもりで言えば、村田の母親はわずかに目を伏せた。


「思春期の年頃の反抗期はないですね。でも、小学校入学ぐらいまで、自分の子どもにこんな言い方はおかしいですけど、なかなか懐かなくて」


 かける言葉を選べずにいると、「今はそんなことないですよ」と付け加えて微笑んだ。


「高校生になって、これまでで一番学校が楽しそうです。今後もよろしくお願いします」




(懐かないか)


 担任として俺が持っている情報で、村田には特に留意すべき家庭事情はなかったはずだ。

 気が合わないとも、頼らないとも違う。親子という誰よりも近いといえる間柄あいだがらに対して、たしかにふさわしくない言い方だ。

 村田の意外な一面をみやげに車を出発させた。

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