06
◇◇
天文部の部室は2棟4階、廊下のつきあたりの物理室の手前にある物理準備室だった。
恭平が鍵でドアを開ける。室内は黒の分厚いカーテンが光を遮って暗かった。恭平の後に続いてカーテンと窓を開けて換気をする。
物理準備室は教室の半分ほどの広さで、中央にテーブルが置いてある。ドアから見て左の壁に沿って棚と奥に流し台が設置されていて、棚にはU字型の
「先生、この箱も天文部のものですか?」
亜子がふたつのドアの間の角に置いてある大きめのダンボールを指す。近寄ってみれば上の面には『取り扱い注意!』と書かれていた。
「中見る?」
嬉々とした恭平がその箱を開けると、青いシートが被せてあった。厳重だ。
「これは、去年の部員と1年かけて作り上げた力作――」
ひみつ道具を出すときの効果音を歌いながら、ゆっくりとシートを引き上げる。
「去年の文化祭で見ました。手作りだったんですね」
前世も天文部に入っていたものの、文化祭はクラスの出し物重視で、部活では何もしなかった。それもあって去年この高校の文化祭に来て、こんな活動ができるのだと感動した。
プラネタリウムを360度から眺めていると、ふはっと恭平が笑った。
「そんなに感動してくれるとうれしいなあ。これはまた今度使ってみることにして、掃除するか」
天文部の活動は部室の掃除からはじまった。
「うちは地学の部屋がなくて、俺の前の顧問が物理の先生だったからそのまま引き継いだんだ。他の先生もたまにこの部屋使うから、きれいに使って」
恭平はぞうきんで棚を拭いている。亜子は床を掃いて、私は水場を掃除する。それほど汚れておらず、掃除は15分ほどで終わった。
忘れるところだった、と恭平は本棚の下の部分に入れられていたダンボールから、お菓子の詰め合わせの袋を取り出した。袋の表面には太いマジックで『天文部にようこそ!』と書かれている。プラネタリウムの箱の字と同じ人みたいだ。
「卒業生たちが新入部員に渡してくれって。部員が入らなかったら俺にくれるって言ってたけど、渡せてよかった。あいつら部活の日以外でもここに集まってたな」
去年の文化祭でプラネタリウムに感動したのと、プラネタリウムの説明や受付で部員たちが楽しそうに活動していたのが、自分も入りたいと思った理由だった。恭平の話ぶりからしても楽しかったのだろう。先輩たちが卒業してしまったのは残念だけれど、これからそんな部活にできたらと思う。
先輩たちがくれたお菓子を食べながら、恭平が1年間の活動の流れを説明した。
「科学館のプラネタリウムに4月か5月に行きたいと思ってるけど、ここ行ったことある?」
去年の天文部の活動をまとめたファイルからチラシを出して私と亜子に見せる。隣の県の大きな科学館のものだった。
「しおと行ったことあります」
チラシを眺めて私もうなずく。
全国でも有数のプラネタリウムで、中学生のときに亜子と、小学生のときに両親と、それから前世でリニューアル前に家族で数回行った。
休日は開館前から人が多く並んだこともあった。それでも足の痛みも吹っ飛ぶぐらい大きなスケールのプラネタリウムに、お兄ちゃんと感動したのを覚えている。
それぞれスケジュールを確認して、プラネタリウムは4月の下旬に行くことに決まった。
「最後に、部長をどちらがするかだけど……」
亜子と顔を見合わす。
「私他に部活入ってないし、どちらでもよければやるよ」
「お願いしていい? 仕事あるときは私も一緒にするから」
「じゃあ村田の名前で提出しておく。今日の部活はこれで終わり」
「ここにある本って借りてもいいですか?」
「もちろん」
早速天文部の本棚を物色する。端から1冊ずつタイトルを読んでいると、見覚えのある背表紙を見つけた。手にとってページをめくりながら、お兄ちゃんの本棚で見たのだと思い出す。
私が星に興味を持ったのは、年の離れたお兄ちゃんの影響だった。星や宇宙のことを聞けば何でも教えてくれて、夜に望遠鏡を出して一緒に天体観測をした。
「……に……だな」
話し声がしてようやく、恭平がいつの間にか横に立っていたことに気付く。聞き取れなくてまじまじと見ていると、恭平はもう一度繰り返した。
「ほんとに天文に興味あるんだな、って。俺は専門的に学んだわけではなくて、天文イベントを時々見て、大学で天文サークルに入ったのもあって顧問になった感じ。月や惑星の本もあるけど、村田は星が好き?」
「宇宙全般興味がありますけど、一番は星です」
星座とその物語、銀河、彗星、流星群。
いろんな本を読んで知識は増えたけれど、無数の星にまだまだ知らないことが尽きなくて、知ろうとしている間に新しい発見が発表されたりする。
星に興味を持ったきっかけはお兄ちゃんの影響。星に興味を持った理由は――。
「当たり前のように夜空に見えている光が、何百年、何万年も前の光だってはじめて知ったとき、圧倒されて、感動しました」
気の遠くなるような距離を駆け抜けて、星の光は地球に届く。今見える星が宇宙ではもうないかもしれない。そのことを知ってから、星の輝きが増したように感じた。
「そっか」
恭平が本棚の方を向く。目の前の背表紙とは違う何かに思いをはせるような、柔らかな表情があった。
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