おおぐまと散歩
03
◇◇
黒の学ランとセーラー服が込み合う掲示板の前。ぶつからないように少し離れた場所で自分の名前を探した。
「あった。2組」
1年2組の名簿の後ろの方に、『村田栞』を見つけた。
「私も。同じクラスだ」
一緒に見ていた
青空が広がる今日は、高校の入学式だ。
――私の人生は終わらなかった。
正確に言えば、高校1年の冬、長谷川栞の人生は終わった。そして記憶を持ったまま、私はまた明るい場所に出てきてしまった。
生まれ変わるなんて物語の中の出来事だと思っていたけれど、不思議な縁で同じ名前を与えられ、私は今ここにいる。
クラスを確認したら体育館に入って自分の席に着くように、と近くにいた先生が大声で叫んでいる。お母さんたちにクラスを伝えて体育館に向かう。入口あたりで混雑していて列に並んだ。
春特有の強い風が吹いて、肩につく髪がなびいた。視界の端で桜の花びらが舞う。薄い桃色を視線で追いかけると、列から外れて進む、黒のスーツを着た背中を見つけた。体育館に入って姿が見えなくなるまで、柔らかそうな黒髪からどうしてか目が逸らせなかった。
体育館に入って受付を済まし、新入生の席は舞台のある前方、保護者席は後方にクラスごとに分かれて座る。2組は入口から近い左から2番目のかたまりで、出席番号順に席が指定されていたため、亜子とは離れて座った。
「担任どんな人かな」
「さっきかっこいい先生見た」
「若い?」
前の列に座る女子たちの会話を耳にしながら、式が始まる時間を待った。
2度目の高校の入学式。どこの学校でも進行はだいたい同じで、校長先生の長い話を聞き流しながら初々しいと周りを見渡す。
全く緊張感のない私は春の陽気とまだまだ続くお祝いの言葉に、うとうとと眠気と戦っていた。
「次に、クラス担任を紹介します」
司会の先生の合図で、右前方の教員席から数人舞台の前に出てくる。前から2番目を歩く黒のスーツを着た人を見て、呼吸が止まった。
先生たちが生徒たちに向かって並ぶ。前の列の女子たちが「ほら」とささやく。1組の先生の名前が紹介される。一歩前に出て、一礼して、下がる。
次のクラスの担任が一歩前に出る。
「2組担任、日野恭平先生」
(こんな偶然ってあるだろうか)
眠気なんて忘れて、次の担任の先生の紹介も耳を素通りするほど呆然としていた。
少年は教師になって、再び私の前に現れた。
夕食の後、お母さん手作りのガトーショコラが食卓に出てきた。ホイップクリームを添えて、フォークで一口食べる。生クリームの甘みとチョコの苦みが絶妙だ。
「おいしー」
「今日は自信作」
にこりと微笑むお母さんは、高校生の娘がいるとは思えないくらい若くみえる。私はよくお母さん似と言われる。でも、表情が違うと印象がだいぶ違う。お母さんみたいに笑おうとしたら、口角に力を込めないといけない。
誕生日や式などのお祝いの日は、お母さん手作りのケーキがテーブルに登場する。昔からおいしい洋菓子を食べてきたから、今の私は甘いものが好きになった。前の私は塩辛いものが好きだった。
味の好みだけじゃない。たくさんのことが遺伝や環境で変わっている。もちろん姿も。
「担任は誰?」
紅茶のカップを置き、お父さんが尋ねる。
自分ぐらいのお年頃の女子が父親を「キモイ」と
「日野先生っていう男の先生」
「若くてイケメン」
「お母さんの方が喜んでるな」
お母さんがクラスの女子たちのようなテンションで補足して、お父さんが笑う。
入学式後の最初のホームルームで、彼女たちが食い入るように自己紹介を聞いているかたわら、私は懐かしさが胸に広がっていた。あの頃の面影も残っていたけれど、声も背丈も顔つきも大人そのものだった。立派になって、元隣のお姉さんとしてうれしい。
お父さんに亜子と撮った写真を見せる。カメラに劣らないほどスマホで撮った画像はきれいだ。今でいうガラケーを使っていた身としては、携帯電話の本体からキーのボタンがなくなって衝撃だった。
「お祝い何が欲しい?」
お母さんに聞かれて、以前考えておいてと言われたのを思い出す。親からお年玉や入学祝いをもらう家庭もあると現世で知った。
彼らの教育方針か、一人娘だからか、恐縮してしまうくらい甘やかされている。前世は兄もいたし、両親も大雑把な人たちだった。
「まだ決めれてない。もうちょっと待って」
でも、素直に甘えようと思う。昔できなかった分も。
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