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「将真と田中のことも、俺らでくっつけようみたいなこと言わなかっただろう。将真って人当たり良いけど、頼んでないのに変に介入されるのを嫌うから、結城が基本的に遠くから見守るスタンスがちょうどよかった。人との距離感が自分に似てるって思った」
「私も同じこと思ってた。雑賀君ほどそつがない人間ではないけれど」
「沼に片足突っ込んでるから?」
「そういうところ雑賀君だよね。もし1人だけ心の中をのぞけるチャンスがあれば、私は雑賀君に使うと思う」
「小泉先輩じゃなくて?」
「雑賀君」
「これって喜ぶところ?」と笑ってから尋ねる。「結城は俺の何を知りたいの?」
「聞いたら何でも教えてくれる?」
「怖いなあ。ひとつだけなら正直に答える」
思わずソーセージの皿を支える左手の小指を見る。雑賀君と出会った頃から、途中で赤から白に切り替わった糸のことを聞きたかった。
「雑賀君の初恋はいつ?」
「予想外の質問が来た。そんなこと知りたい?」
「知りたい」
本当は私以外で好きな子がいるか聞きたい。いつどこで好きになって、今その子はどこにいるのか。赤い糸が見える能力のことを隠したまま自然に聞きだす問いを考える。
「小学6年生のときかな」
「私の知っている子?」
「少し遠くに住んでいるから、多分知らない子」
「その子のこと忘れられなかったりする?」
「その子はもう俺のこと忘れてるよ」
はぐらかされたと感じてむっとすると、眼鏡の奥の目が細まる。
「今好きなのは、目の前の子」
ざわめきが遠くなり、目の前の人だけを意識する。空気は冷たいのに顔がほてっていた。
「今日もデートのつもりで誘ったんだけど」
「うん」
「意識してくれててよかった」
「告白してくれるずっと前から意識してる」
私も正直に答えると、雑賀君は少し目を見張った後、柔らかく微笑んだ。
「そうだったらいいなって思ってた」
食事を済ませて、再び通りの続きを散策する。
クリスマス雑貨、甘いお菓子やドリンクの屋台を見て回り、クリスマスマーケットのメインシンボルである巨大なツリーの元に到着した。オーナメントが華やかに飾り立て、電球の灯りはあたたかく、この世界に怖いことも悲しいこともないと錯覚するほどロマンチックな空間だった。
ツリーの写真を撮って、思いつきでその写真をメッセージアプリで送る。すぐに既読がついた後、夜空に開く花火の写真が送られてきた。
「郁から花火の写真送られたきた」
「隣の県まで見に行ってるんだよな。今日予定無いやつらが部活1日にしろって騒いでたけど、部長権限で午前中だけになった」
「サッカー部って仲良さそう。雑賀君は小学生のときからサッカー続けてるんだっけ」
「小学生のとき1回やめたけど、またはじめて今でも続けてる感じ」
「楽しい?」
「やっぱ試合に勝てたらうれしいし、自分の思い通りのプレーができたときは気持ちいい」
「郁と準決勝の応援に行ったとき、雑賀君は頭の後ろにも目があるみたいにパスしてた」
「結城たち見に来てくれてたのに勝ちたかったなあ」
勝ちたかったと言う雑賀君はいつもの飄々とした態度と違って、そのギャップもよかった。
「結城は、ハマってることある?」
「最近本を読むようになった。図書委員の先輩におすすめを教えてもらって」
文化祭で先生と谷口先輩にすすめられて買った本はそれぞれ良かった。
図書館で谷口先輩に本の感想を伝えて、他にもおすすめの本を教えてもらった。図書館で順番に借りて、夜や休日の家での時間を読書にあてている。
「どんな本読んでる?」
「小説が多くて、今は恋愛小説。心理描写というか、感情の変化をたどるのがおもしろい。雑賀君も本読む方だよね。どんな本読むの?」
「わりと雑食だな。心理学や脳科学の本とかよく読むかも」
「だからいつもメンタルが安定しているんだ」
「安定してないときも多々あるよ」
冷たい風が吹いて、雑賀君は肩をすくめた。何も着けていない首元は寒そうだ。夜になるにつれて気温も下がってきたので、これを渡すのにちょうどいいタイミングかもしれない。
「プレゼント交換、今しない?」
「いいよ」
お互いが提げていた紙袋を渡す。クリスマス・イブらしく、お互いにプレゼント交換しようと約束していた。
どちらからプレゼントを開けるかジャンケンして、雑賀君から私からのプレゼントを開ける。
「ネックウォーマーだ」
早速頭からかぶって着けてくれた。黒を選んだので今日のコートにも合っている。
「あったかい。ありがとう」
「次、私も開けるね」
クリーム色の袋の中には、触り心地のよい白のマフラーが入っていた。
「新しいの買おうと思ってたところだったの。うれしい」
「前にそう言ってたから」
スマートで、顔もかっこよくて、頭がよくて。雑賀君の長所をたくさんあげられる。この人は自分を傷つけないと信じられる。『絶対』とはつけられなくても、はじめからそう思えない人とどちらを選ぶか問題を出されたら、答えはわかりきっているのに。
小泉先輩の長所は顔がきれいなところ以外、遊び人で、優しくて冷淡で、人を信じていなくて、短所というか悪癖ばかり出てくる。
ダメだ、今は雑賀君とのデートを楽しもう。もっと近くでツリーを見たくて、雑賀君に声をかけて真下に行く。上を見上げると葉の間から光が漏れて、さっきとはまた違う美しさがあった。
花壇には根元を飾るように植物が植えられ、私は大きな赤い花を指差した。
「ポインセチアの赤い部分は花じゃないって知ってた?」
「花だと思ってた」
「花はこの黄色のつぶつぶの部分。葉や茎には毒があるんだって」
「うかつに触れない花だったんだ」
それを聞いて小泉先輩みたいだと思った。近づきすぎたら毒が回る。きっと遠くから見てきれいと思うぐらいがちょうどいい。
また小泉先輩のことを思い出してしまったことに苦笑が漏れる。雑賀君に手を引いてもらうには、自分からも手を伸ばさなくちゃいけない。
「まだまとまってないけど、今の気持ち話してもいい?」
「うん」
「雑賀君のこと意識してる。告白も本当にうれしかった。小泉先輩のことは、あっちが私を構う理由と同じ、私も小泉先輩のことが物珍しいから気になってるだけ。3月に卒業したら、ううん、もっと早くこの気持ちも忘れるから。中途半端でごめん」
「結城が本当に小泉先輩のことを忘れたくなったら、そのときは言って。忘れさせるから」
頭がぼんやりする。今日は朝からバイトでお客さんも多くて忙しかったから、疲れが出てきたみたい。
本当に小泉先輩のことを忘れさせてくれるなら。甘い誘いに今すぐうなずきたくなるけれど、この頭が働かない状態で結論まで出せなかった。
「そのときはお願いする」
「まかせて」
雑賀君はゆっくりと視線を逸らして、再びクリスマスツリーを見上げた。
その日、スマホにはクリスマスマーケットの写真が新しく増えた。
福泉堂の落雁を食べる前は必ず写真を撮るのに、小泉先輩からもらった落雁は写真に残せなかった。
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