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クリスマスイブの夕方、カラオケ店はいつもの平日よりもグループの客が多く、満室になっていた。
店内ではカウンター脇にクリスマスツリーをかざり、店員も今日と明日はサンタの三角帽子を被っている。
男女のグループが帰って間もなく、自動ドアが開く音と客より先に店内に入ってきた冷たい空気に反応して、伝票整理の手元から顔を上げた。同年代の男子たち5人組で、最後に入って来た小泉先輩が私を見てこっそり笑った。
廊下の天井に取り付けられたスピーカーから、この時期CMで耳にするクリスマスソングが流れている。今日1日で日本語、英語、知らない言語まで、古今東西のクリスマスソングをたくさん聞いた。
「サンタさん、おすすめのドリンクをお願いします」
階段の近くにあるドリンクバーでストローやナプキンを補充していると、横から空のコップを差し出された。
「炭酸飲めますか?」
「飲める」
ジンジャーエールとオレンジを同じ量混ぜて、コップを返した。
「真面目に入れてくれた」
「まずいの入れて残されてももったいないので」
「たしかに」
一口飲んで、おいしい、とゆるく笑う。
「店長の提案でドリンクバーの組み合わせを色々試したんだって? 優斗に何個か教えてもらった」
(それを合コンで女の子に教えるんですよね)
ドリンクバーの前で小泉先輩と女子がいるところを何度か見かけた。女子の方が後から追いかけて来た場面も、出遅れた女子がふたりを
「今日のメンバーって、同じ高校の人たちですよね」
「そう。彼女いないやつばかり」
小泉先輩を入れて男子5人、顔に見覚えがあった。
恋人と過ごすイベントとして数えられている今日、小泉先輩が女子と約束していないのが意外だった。男友だちと遊ぶ方が小泉先輩にとっても、何人いるか知らない【友だち】にとっても、最も平和な選択かもしれない。
「先週、優斗の受験のストレス発散に付き合ったとき、今日まるちゃんがバイト入ってるか店長に聞いた」
「店長が個人情報流すなんて」
「店長おもしろいよね。6時以降も頼んだけど断られたから、デートかなって言ってた」
『本当にデート?』と、声には出さずに目線だけで聞いてくる。
「デートです」
「俺と?」
「違います」
「スンってならないで。どこ行くの?」
「クリスマスマーケットです」
「優斗も今日彼女とそこに行くって言ってた。ちょっと遠回りになるけど、駅の東口から回るとイルミネーションがきれいだよ」
試すように答えてすぐにばかなことをしたと後悔する。小泉先輩はいつもと何も変わりない。
最後に紅茶のパックの補充を終えて、ドリンクバーの機械の下に余りを仕舞う。
「下に戻る?」
「はい」
「クリスマスプレゼント」
小泉先輩が白の小箱を左手に持っていることは途中で気づいていた。でも、自分に贈られるものとは思いもしなかった。
「え? ありがとうございます」
「中見て」
「……かわいい」
唐突なプレゼントに驚きながら、箱の内側を引き出しのように横に引く。ポインセチアとクリスマスツリーの落雁が詰められていた。
「 じゃあ、デート楽しんで」
本当にずるい人だ。好きになるなと言うくせに、嫌いにさせてもくれない。
きれいな笑みを残して部屋に戻る小泉先輩を、私はぐちゃぐちゃな心のままその姿が見えなくなるまで見ていた。
○
待ち合わせの駅は混雑していた。改札を出た人の多数が西口に流れていくけれど、逆方向へと歩く。
東口の構内に雑賀君は先に来ていた。雑賀君は黒のチェスターコートを着て、いっそう大人っぽく見える。
「ごめん、お待たせ」
「俺も今来たところ。バイトお疲れ」
私たちはそのまま東口を出た。公園があり、光のトンネルが寒さでうつむく顔を上げさせる。ふたりで白の吐息と一緒に感嘆の声を出して、光のトンネルをくぐる。
「結城から聞かなかったら知らないままだった」
「私もバイトで聞いたの。これを見れるなら遠回りしてもいいな」
電車の中で待ち合わせ場所を西口から東口に変えてもらうように連絡した。
公園のイルミネーションを知っている人は知っているようで、イルミネーションを眺めてから歩いていったり、すでにクリスマスの柄の袋を持った人が戻ってきたりと、ここもちょっとしたスポットだった。
公園を抜け、電球でライトアップされた街路樹を歩く。
今日はふたりだけ。雑賀君が誘ってくれた日から楽しみとときめきが混ざってドキドキしていた。
クリスマスマーケットの入口では、巨大なリースが訪れる人々を出迎える。普段から様々なイベントを行っている広場には山小屋風の屋台が並んでいる。夜でもまばゆい光に照らされ、お祭りを心から楽しむような明るくてにぎやかな場所だった。
香ばしい匂いにつられて左を向くと、焼きソーセージの屋台の前に短い行列ができていた。左側を歩いていた雑賀君も屋台を見ていて、私の視線に気付き、照れたように笑う。
「匂いで急にお腹すいた」
「私も。この匂いはずるい」
「シェアして食べる?」
「うん!」
ソーセージの盛り合わせと別の屋台でシチューパンを買うとふたりとも両手がふさがった。
料理をテーブルに置いた後、ショルダーバッグと紙袋をベンチの下が汚れていないか確認してから足元に置く。
ソーセージを食べようとしたら肉汁が思った以上に熱かった。冷めるのを待つ私を「猫舌なんだ」と笑った雑賀君も、食べるときに「熱っ」と悶えていて、一緒に笑った。
向こうの通りにはさらに人が増えてきた。その中に知った顔が通り過ぎた。ふたりを目で追うと「知り合いでもいた?」と正面に座る雑賀君も振り返るので、同じクラスの男子と女子の名前を告げる。
「他にも知り合いが来てそう」
「あいつらが付き合ってるのかって話を出さないのが結城らしい」
「付き合ってたらいずれわかることだから」
「そういう情報を一番に知りたいって人もいるじゃん」
糸まではここから見えなかったけれど、学校に行けばわかるからという感覚でいた。その反応が雑賀君にはおもしろく見えたらしい。
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