21
[放課後、図書室で待ってる]
1月最後の月曜日。小泉先輩から久しぶりにメッセージが届いた。既読が付かないようにポップアップで確認して、溜息を吐く。
(当番を休みたい)
先週は風邪で学校を休んだから言い訳できた。今日図書委員の当番に行かないのはさぼりになる。
小泉先輩は、私の顔を見た途端謝るだろう。それからゆるく笑って、今までと何も変わらないからとでも言うのだろうか。
あの日の出来事は、小さな子どもが体調が悪くてぐずるみたいな、束の間の心細さによるものだ。そこにいたのが私だっただけで、きっと小泉先輩にとって取り立てて意味があることではない。
私はまだ、なんでもないふりで後輩の顔をできそうにないのに。
責任感よりも気まずさが上回り、当番を休むことにする。せめて無断欠席にならないように、先生に事前に言いに行こう。自分の糸を触って小泉先輩が3年の教室にいるのを確認してから、昼休みに図書室に向かった。
カウンターに図書委員が2人いた。そういえば昼の当番は2人体制だった。放課後に比べて人が多く、とぎれとぎれに貸出の対応をしている。
カウンターの後ろの窓ガラスから先生の部屋をのぞいても姿がない。電気も消されている。不在のようだ。
予鈴が鳴るまではと、糸が短くならないか注意してカウンターのそばで待つ。昼休みの図書室は友だちとおしゃべりしている人もいて、勉強する人が多い放課後とまた違った景色だった。
図書室を見渡していると、本棚の奥から出てきた谷口先輩とばっちり目があった。
「風邪よくなった?」
「はい」
多分小泉先輩に聞いたのだろう。周囲に気遣って小声で話しかけられる。
「今日はカウンター当番だよね」
「今日は用事があって……」
当番に行けません、と嘘が後ろめたくて最後まで言えない。
「私が代わりに入ろうか?」
「いいんですか?」
「もともと下校時間までここで勉強する予定だったから。……何か困ってる?」
困っているか聞かれるほど、自分はひどい顔をしていたらしい。言葉を詰まらせると、「ちょっと外出ようか」と谷口先輩に連れられて非常階段に出た。太陽が雲に隠れ、冷たい風が吹きすさぶ。
「寒っ。廊下の方がよかったかあ。鈍くさくてごめん」
「すみません」
勉強の邪魔してすみません。気を遣わせてすみません。当番をズル休みしてすみません。
受験生は猛勉強している。進路調査票は『進学』だけしか書けなかった。雑賀君の手を取らずに、小泉先輩から逃げている。
郁に、真辺先輩に、それから谷口先輩まで心配されて、迷惑かけて、私は一体何をしているんだろう。
「自分のことさえ全然決められなくて。嫌になります」
こんなこと突然打ち明けられたって、相手を困らせるだけ。申し訳なくてさらに自己嫌悪になる。もう一度すみませんと謝ると、ううん、と谷口先輩は眉を下げる。
「どうしたいとか、何に向かってがんばればいいとか、先が見えないと不安だよね。私も進路で迷子だったときつらくて、誰かが決めてくれたらいいのにって思ってた」
「谷口先輩はそのときどうやって見つけましたか?」
「私は……」
手すりに手を置いて、猫背の姿勢を正す。
「『理由を見つけるために、今を生き抜くんだ』」
ゆっくり丁寧に言って、照れたようにはにかんだ。
「小説の言葉に励まされたんだ。ようやく将来やりたいことを見つけたといっても、なれるかわからないし、毎日不安。でも、不安を消すために勉強を続けていたら、今は前進してる感じがする」
するべきことを見据えて、晴れ晴れとした表情がうらやましかった。
(小泉先輩のことも自分の答えを見つけたのかな)
手すりにかける小指を見つめる。以前は赤色だった糸が、知らないうちに色褪せていた。色がなくなれば糸自体も消える。
自分の糸もああなってほしい。相手の糸が小指に結ばれて赤く染まることよりも、そう強く願うほど心がすり減っていた。早く楽になりたかった。
「好きにならないでって言われたら、その人は自分を好きになることもないってことですよね」
「え!? それは、好きな人から言われたの?」
「はい」
「その人はどうして……」
谷口先輩の話を遮って予鈴が鳴った。
「私はもう放課後だけど、結城さんは午後も授業あるよね?」
「はい。勉強忙しいのに引きとめてすみませんでした。話聞いてもらって、それから当番のこともありがとうございます」
「全然役に立てた気がしないけど。でも当番なら任せて」
頭を軽く下げて、図書室を突っ切り、廊下に出た。暗い曇り空のせいで、電気のついていない廊下は薄暗い。今週はずっと天気が悪いらしい。
放課後は逃げるように家に帰った。小泉先輩からその後メッセージは届かなかった。
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