20(2)

「藤まだ待ってるのかな。半泣きだったりして」

「【友だち】が慰めてくれるから大丈夫ですよ」

「やさぐれてるね」


 話をする場所として真辺先輩は自分の教室を選んだ。小泉先輩とは違うクラスだ。暖房がさっきまで点いていたのだろう、階段や廊下に比べて暖かい。

 窓際の席から見える風景が自分の教室から見るよりも低くて不思議な感じがする。けれど、4月からはこの風景が当たり前になる。


 下校する生徒たちが正門に向かって歩いていく。小泉先輩も寒い中私なんか待たずに早く帰ればいい。


「好きになっちゃったわけだ」

「……はい」


 傷付いてまで人を好きになりたくない。そんなことをえらそうに言っておきながら、小泉先輩を好きになって、先輩と後輩の関係にも戻れなくなって、逃げだした。

 自己嫌悪になっていると、真辺先輩は窓の外を見ながら話しだした。


「元カレの話なんだけど。一緒に見るのにDVDを借りに行ったとき、私が選んだ映画をそれは前に私と見たって言い出したの。『最後主人公が死んで、泣いてただろ』って。よくよく聞いたら、一緒に見たのも映画見て泣いてたのも、私じゃなくて元カノだったの。勘違いもネタバレも冷めるよね」

「あー……」


 なんとも言えずにあいまいな返事になってしまった。「私もそんな反応になった」と真辺先輩は笑う。


「藤は、あんな適当なくせに、そういうのなかった。私の好きなものや欲しいものを覚えてくれてた。一緒にいるときは、藤が見ているのは自分だけだった。だから結城さんの話が出たのが印象に残ったんだけど」


 真面目なのか不真面目なのか、つかみどころがなくて振り回される。理解したいと意識させられる。


「私たちがだめになったのだって、最初にルールを聞いたのに、曖昧な関係に物足りなくなって、自分以外の存在に嫉妬して、私の方が耐えられなくなったから。藤が約束を破るようなことはなかった。……そう考えられるようになったのも、南風原はえばらと付き合うようになってから」


 ふたりを結ぶ糸は、以前真辺先輩の方が桃色だったのに、今では赤い糸になっている。


「前も聞いたかもけど、藤にフラれた日、昇降口にいたら南風原も来たじゃん。本当に結城さんが呼んだんじゃないの?」

「南風原君と付き合ったと教えてくれたときに聞かれました。偶然ですよ」

「だって、すごいタイミングだったから」


 糸を引いたけれど、うまくいったのは偶然だ。南風原君が真辺先輩のことに敏感になっていたから、糸の引きに気づけたのだと思う。


「南風原君といると、つらくなることはないですか?」

「さっき結城さんも見たとおり、藤と違ってあいつは感情がだだ漏れなの。年下なのを気にしてるみたいで、『甘えてください』とか言ってきて。実際うまくできないけど、言葉でも態度でも好きを伝えてくれるのが、やっぱうれしいんだよね。渡してくれる気持ちの分を私も返したいと思う」


 その微笑には陰りがなく、ただ優しい。私も相手を思い出して優しい気持ちになれるような、そんな恋をしたかった。いや、それに近いものを雑賀君に対して抱いていた。


「私ばかり話してる。今問題なのはそっちだから」

「今は心がすさんでるので、真辺先輩の話を聞いて優しい気持ちになりたいです」

「私よりもやばいんじゃない? あ、藤帰ってる」


 つられて窓の外を見ると、小泉先輩の後姿があった。ゆっくりとした歩み、冷たい風でパーマがかかった髪が乱れる。あの髪の柔らかい感触と、制服の下の体の厚さを思い出して、胸が締めつけられる。


「明日も昇降口で待ちかまえてたらどうするの?」

「どこかに避難します。でも、逃げてばかりじゃいられないですよね」

「まあ、しばらくはいいんじゃない? 藤だって今までの行いを反省すればいい」


 半分以上本気といった具合に、真辺先輩はいたずらっぽく笑った。

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