18(2)

「俺の能力は、自分にそのつもりがなくても、感情が強いほど相手に影響を与える。だから、心をねじ曲げてしまうようなことを言わないと決めた。……結城に効かないなら、早く言っておけばよかった」


 早く告白してほしかったと思った自分がどれほど勝手だったか、雑賀君の葛藤を聞いて恥じる。正体のわからない糸を推し量ってないで、私から言うべきだった。

 想いが見えても見えなくても、相手に伝えるには言葉しかない。


「俺は好きな子だけを、結城だけを大切にする。小泉先輩じゃなくて、俺を選んで」


 雑賀君なら私だけを大切にしてくれる。こんなに泣きたくなるような思いをすることもないだろう。

 幸福感がふくらんで、しゃぼん玉みたいにはじける。

 小泉先輩と出会う前だったなら、迷わずこの手を取った。


「好きになってもらえてうれしかった。だけど、こんな気持ちで雑賀君と付き合えない」


 小泉先輩と女の子の姿が脳裏のうりに焼きついている。

 胸が苦しい。泣きたい。――思い知らされる。

 わかっていても、あの人に恋をした。


「フラれる気がしてた」


 にじんだ視界の向こうで、雑賀君は苦い顔で笑った。


「1個聞いていい? 結城と小泉先輩は糸が繋がってる?」

「あっちは指にさえ結ばれてないかも」

「ほんと、あの人ふざけてんね」


 軽く言い放って、私の席の隣に腰掛ける。雑賀君は両手を広げ、手のひらを見た後ひっくり返して手の甲も確認する。


「赤い糸ってどこに結ばれてる?」

「左手の小指」

「全く見えないし感じない。結城の能力のこと、もっと教えて」

「赤い糸って呼んでるけど、私が見える糸は想いに比例して赤に染まるの。郁と高橋君の間には、付き合う前から赤一色の糸が結ばれてた」

「だからあいつらが結城に何も話さなくても、ふたりの気持ち知ってたのか」

「雑賀君はモテるから、相手の方が赤くて雑賀君に近づくほど白色になった糸が何本も結ばれている」

「グラデーションになってるってこと?」

「うん。だけど1本だけ、相手側が途中で白に切り替わった赤い糸があるの」


 その糸をつまむと、雑賀君は見えるはずないのに絶句した。


「初恋がどうとか聞いてきたのってこのこと? それもフラれた理由にある?」


 頭の回転早いなあと感心してから、私は首を振る。その赤い糸に遠慮しないほど私は雑賀君が好きだった。でも、自分から言い出せなかった理由になった。


「はじめて見る種類なんだ。その子は少し遠くに住んでるって、自分のこと忘れてるって言ってたよね」

「暗示でその子から俺の記憶を消した」


 記憶喪失という明日香さんの予想は当たっていた。ただし、原因は能力によるものだった。

 近くにいるなら糸の先の相手が私にもわかったはずだ。明日香さんなら糸を触ればどれほど離れていても相手の顔がわかるけれど、自分にはそこまでの能力がない。

 その子が引っ越してなければ、と雑賀君が答えた市の名前は、県内の電車で1時間あれば行ける、近くもないけど遠くもない場所だった。


「結城は、自分の能力が怖いと思ったことある?」

「私は赤い糸が見えるといっても、その人たちの関係を変えることはできないから」


 中途半端な能力だと思うと同時に、自分が決定権を持たずにいられる安心感もあった。それに、私の場合は家系のものだから、相談できる明日香さんがいたし、受け継がれてきた知識があった。


「俺ね、小学生のとき、将真を殺しかけたんだ」


 想像もしていなかった告白に、ひゅっと音を立てて息をのみこんだ。


「サッカーの合宿で、度胸試しというか、橋から川の飛び込みが流行ったんだ。将真は高い所苦手だから、違うチームのやつらからのいじりが鬱陶しくて、怒らない将真にも飛び込めばいいだけなのにって。――『飛べよ』って、言った」


 暗示の能力の強さを身を持って知った。掠れた声に、その後の展開が予想できて、膝に置いた両手の指を組む。


「能力を使うつもりなかった。でも、将真は、怖がってたのが演技かってぐらいに、すぐに飛んで、パニックになって溺れた。もし大人がそばにいなかったら、取り返しのつかないことになってた。それから声が出なくなって、学校に行けなくなって、祖母の家でしばらく暮らしたときにその子と会った。結局その子に能力のことバレて怖がらせたから、俺と会ってからの記憶を消すことになったけれど」

 

 雑賀君の不登校の真相は、能力にまつわることだった。

 さっき自分以外で能力者に会ったのは初めてだと言った。つまり能力のことで頼る人がいない。それも相手に影響し、命も奪いかねないものだ。

 いつも心に余裕があるように見えるのも、強大な能力をコントロールするためにそうならざるを得なかった結果だった。


「もうその子とは会わないの?」

「うん。操られるかもしれないなんて恐怖は、俺ごと忘れたままの方がいい。声も出せるようになって、また学校に行くきっかけをくれたことは感謝してる。だから、糸が残ってるなら、思い出が美化されてるだけだと思う」


 他人事のように淡々と話しながらも、この能力に誰よりも恐怖の感情を抱いていることが伝わる。

 思い出が美化されてるだけ。混じりけのない赤の糸の正体は、本当にそれだけだろうか。でも、雑賀君の告白を断ったばかりの今言うことじゃない。


「結城だってもっと怖がっていいぐらいだと思うけど」

「私には効かないみたいだし。それに、雑賀君だから」

「だから過大評価しすぎ。普段はコントロールできても、感情的になると制御しきれなくて……」


 途中で言葉を止めて、申し訳なさそうに言った。


「さっきも小泉先輩を煽ったかも」

「何を言ったの?」

「苛立ちそのままぶつけた。でも、あの人が望んでなければ結城に害はないはずだから」

「心配しなくても、小泉先輩が私のことで振り回されることはない」


 振り回されるのはいつも私ばかりだから。

 今日はもう小泉先輩に会える心境じゃなくて、念のためメッセージを送ろうとアプリを開いた。


[今どこ?]

[急用ができて帰ります。ごめんなさい]


 小泉先輩からだいぶ前にメッセージが届いていて、時間を置かずに自分も返信していた。


「小泉先輩に返信した覚えがないけど、これも雑賀君の能力?」

「結城が記憶にないならそうかも。ごめん」

「ううん。帰るって送ってて、待ちぼうけにさせなくてよかった。そういえば部活は?」

「今日部員少なくて休みになった。サッカー部でインフルエンザ流行ってて」

「高橋君が今日休みだったのもそのせい?」

「インフルエンザだったって連絡来てた。これからも結城と今までどおり話していい?」

「私がお願いする方だよ。雑賀君がよければ」

「よかった。能力のこと話せる人は貴重だから」


 雑賀君は否定するけれど、優しい人だと思う。そう言うとまた否定するだろうから、「ありがとう」とだけ心を込めて言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る