15

 返却された本を片付けた後、3階の窓から外を眺める。色づいた葉が時折吹く強い風にのってコンクリートに散っていく。

 図書室にも石油ストーブが登場して、室内は暖かく少し乾燥していた。

 

 本を本棚に返してから、小泉先輩が座るテーブルに近づく。声をかける前に植物図鑑から顔が上がった。手元の表紙が黄色のスケッチブックは閉じられなかった。


(心を開いてくれてると思っていいのかな)


「こんにちは」

「仕事終わった?」

「はい」

 

 小泉先輩が正面の席を指さすので、従って席に着いた。

 開いたままのページには様々な花や食べ物、道具が描かれている。紙の左上に「1月」という文字があり、これらが1月に見るものだと気づく。それなら絵の下の数字は何だろう。例えば梅の絵の下には連続した4桁の数字がふたつ書かれている。

 思い付くのは西暦だ。そして、今年の西暦が書いてある4つイラストの組み合わせに既視感があった。どこで見たんだっけとスマホのデータを探る。


「あ!」

「なに?」


 図書室にいる人たちも何事かとこちらをうかがうので、すみませんと頭を下げる。そして、驚いている小泉先輩にスマホの画面を見せた。


「福泉堂っていうお店の落雁が小泉先輩の絵と似てる」

「撮ってんの?」


 小泉先輩は手の甲で口を覆う。


「そこ、俺の家」

「ええ」


 今度の驚きはちゃんと声の音量を抑えた。


「小泉先輩が作ったんですか?」

「俺はデザインだけだけど……」

「福泉堂のお菓子おいしくてかわいくて好きです。今月の落雁も買ってきてもらって写真撮りました」


 毎月欠かさず撮っている落雁の写真を次々と見せると、「もう十分です」と縮こまっていた。楽しい。

 私がポインセチアの落雁から美術館での時間を思い出したように、小泉先輩もデザインしながら思い出してくれたんだろうか。クリスマスの代表的な花だし、それは思い上がりか。


「製菓の学校に行くのも和菓子を勉強するため?」

「いずれ自分でも形にしたくて」


 将来を決めて進路を選んで、植物図鑑も和菓子のデザインの参考にするため。思わず「すごいなあ」と感想がもれた。着実に夢を叶えようとしている。

 小泉先輩はあたりを見回して、スケッチブックの新しいページにイラストではなく文字を書きだした。


[赤い糸が見える能力の方がすごいと思う]


 今日も谷口先輩を含め、少ないものの常連の生徒がいる。誰にも言わないでほしいと頼んだのを守ってくれる。


[俺は今も自分の糸をふみつけてる?]


 鉛筆を渡されたので、スケッチブックをふたりとも書きやすいように横向きにして、小泉先輩の文字の下に書き足す。


[想いや考え方が変わらない限り、糸の状態も変化しません]


 以前は平気だったのに。もうその指に赤い糸が結ばれているか、足元に踏まれているか見られない。見たくない。


(小泉先輩の糸を見ることは、自分の糸の先を見るのと同じだから)


 ぼやかした解答に小泉先輩は笑う。こっちはおもしろくなくて書き足した。


[相手の想いをないがしろにしていたら、糸が自分の首をしめるかも]

「そんなことあるの?」


 おびえるぐらいなら行いを直せばいい。「かもしれません」としれっと答える。


 小泉先輩が手をのばすので鉛筆を返す。


[まるちゃんの糸は誰と]

「プライバシーです」


 全部書き終える前に即答すると、また小泉先輩が声を立てずに笑う。


 穏やかだと思えるのは、先輩後輩の関係でいることを選んだからだ。

 元カレに好きな人ができたのを見えたとき、別れ話になると予測できても、それを聞くのに迷わなかった。自分よりも好きな人がいるのを知ったまま、付き合い続ける熱量がなかった。そして、しがみつくことに恥ずかしさみたいなものがあった。


 私が傷ついてまで人を好きになりたくないと思うのは、小泉先輩が恋愛に楽しさだけを求めるのとそう違わないのかもしれない。

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