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[下駄箱集合でいい?]

[駅集合でお願いします]

[行くところ同じなのに!?]

[駅の南口でお願いします]

[冷たい……]


 涙を流す顔文字までもう一度読み、南口に着きました、と返信した後スマホをブレザーのポケットにしまった。私以外にもスマホを片手に待ち合わせをしている人たちがいて、そんなテーマの絵に自分も溶け込んだような錯覚をする。


「お母さん、クリスマスツリー大きいね」

「ほんと。きれい」


 親子の会話が聞こえて、私もガラス越しに入口脇にある大きなもみの木を見上げた。12月に入って電球で飾られたクリスマスツリーは、夜になるとイルミネーションがきれいだ。


「まるちゃんひどい」


 小泉先輩が来て早々不満をこぼした。今回は私のお願いなのに、【友だち】に勘違いされないように保身に走ったので、ごめんなさいと素直に謝る。でも、元はといえばこうして周りに気を遣わせている本人も悪い。


「外、何見てたの?」

「ツリーです。もうイルミネーションが飾られてるなって」

「ほんとだ」


 小泉先輩もちらっと視線をツリーに寄こした後、じゃあ、とこちらを見て言いかけて、口元を緩ませたまま目だけが冷えた。


「行こう」


 温度のない声で告げて、小泉先輩が先に歩きだす。


「お母さん?」


 男の子の不思議そうな声が聞こえて横を見れば、さっきの親子連れの母親がこちらを見ていた。その顔立ちにはっとする。


(それより今は小泉先輩だ)


 いつもは歩幅を合わせる人なのに、私が付いてきているかさえ確認しない。人が絶え間なく行き交う構内で、黒のギターケースを背負った背中を急いで追った。



 ○



「いらっしゃいませ」


 自動ドアが開くと、バリトンの声が私たちを出迎えた。カウンターにいた店長が私たちを見て目を丸くする。


「意外な組み合わせ」

「こんにちはー」


 小泉先輩は親しげにあいさつしている。


「優斗たちいないけど、ギターの練習?」

「そんなところです。部屋お願いします」


 私がアルバイトをしているカラオケ店は、楽器の練習をしたいお客さんの需要もある。

 小泉先輩はずれかけたギターケースを背負い直して、アプリの会員証を店長に見せる。


「優斗とルカは勉強がんばってる?」

「毎日勉強してますよ。構ってもらえないから、最近は円さんに遊んでもらってます」


 自分のことを言われたと認識するまで時間がかかった。だって、不意打ちだ。

 店長は受付しながら私に向かってにやりと笑う。この様子だと明日香さんにすぐ伝わるかもしれない。『友人の親戚を預かる責任』と口では言ってるけれど、面白がっているだけ。私が変な失敗などをするとすぐに報告される。

 伝票を受け取り、いい笑顔の店長に見送られて、入口に近い小部屋に入った。


「ルカの家で練習できない日はここで弾いてた」


 小泉先輩はギターケースからエレキギターを取り出した。ボディは中央が白で周りが赤、ネックとヘッドが茶色のデザインだ。

 機器の接続を手伝うと、「さすが店員さん」とほめられた。私は楽器を弾けないけれど、お客さんに聞かれることもあるので東先輩に教えてもらった。


 小泉先輩がソファーに座ってチューニングをする間、テレビの音量をオフにして、直角になっているソファーのもう1辺に座って眺める。最後に機器の音量を調節して、こっちを向いて困ったように眉を下げた。


「なんか緊張してきた。俺は優斗より歌えないからね」

「え?」


 返事の代わりにギターの演奏がはじまり、柔らかい声がラブソングのバラードを歌った。




 最後の音を止めて、小泉先輩は恥ずかしそうにギターから顔を上げた。何も言えずにぼんやりしていると、いつもの緩い口調ではなく早口で言う。


「俺歌うの得意じゃなくてほんとはコーラスも避けたいぐらいで」

「歌ってくれると思いませんでした」


『文化祭で弾いた曲を演奏してください』


 1ヶ月遅れの誕生日プレゼントにギターの演奏をリクエストした。

 小泉先輩もコーラスを歌うこともあるけれど、ボーカルは東先輩の担当だ。お願いしたときも演奏だけのつもりだった。

 小泉先輩は絶句した後、叫んだ。


「俺恥ずかしい人じゃん!」

「得した気分です。すてきな誕生日プレゼントありがとうございました」


 大きな拍手を送ると、恥ずかしそうに小さく笑った。


 暖房が効いて室内は少し暑いくらいだ。エアコンのリモコンを取って少し温度を下げる。

 小泉先輩はギターをソファーに置いて機器を外す。最後にギターをケースにしまってから、立ち上がった。


「すぐ戻るから、待ってて」


 部屋のライトが暖色だったせいでわからなかった。廊下から届いた明かりで、その顔色が青白いと気づいた。

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