07(3)

 音楽室の前の掲示板にクイズが貼られていた。今回はイラストを使った文字の穴埋め問題だ。

「ハンデで2分間先に考えさせて」と頼むと、「俺と競うの?」と雑賀君笑って律儀にクイズから顔を背けた。


 解いている途中で、音楽室から有名なアニメの主題歌が聞こえてきた。入口から生徒が楽器を演奏しながら階段の方へと行進している。

 その後で楽器や楽譜立てを持った人たちが出てきた。3人の女子がこちらを見て何かを話した後、そのうちの1人がクラリネットを持って行進から外れ、雑賀君に話しかけた。


「13時から中庭で吹奏楽部のミニコンサートをするの。もし時間があれば聞きに来て」

「今謎解きゲームの勝負中なんだ。演奏がんばって」


 そこで女の子は私もいたことに気付いて目が合った。「ありがとう」と雑賀君に返し、部員たちの後を追って階段の方へ曲がった。

 あの子の片思いが残って、雑賀君の小指に結ばれている。


「友だち? コンサート行ってきていいよ」

「去年同じクラスだった子。今はこっち優先」


 優先したのはゲームのこと。なのに、自分のことを言われたみたいな気がして、あの子のものより赤い糸に安堵して、それから張り合っている自分に気づいて恥ずかしくなる。

 そんな心の揺れを見透かされたみたいに、雑賀君がふっと眼鏡の奥の目を細めた。

 空気が変わるとは、こんな瞬間をいうのだと思った。


「クイズあそこっぽい」


 新たな声が廊下に響いた。クラスTシャツを着た2人の女子がこちらに来る。


「2分経った」


 雑賀君は女子たちに場所を譲るように後ろに下がり、掲示板のクイズを眺める。

 そして、また私より先にクイズを解いた。




 3問目以降も雑賀君からハンデをもらい、4問目だけ私の方が早く解くことができた。

 制限時間に余裕を持ってゲームをクリアして、参加賞のお菓子をもらった。私たちの後に郁と高橋君も時間内にゴールした。


「俊たちの方がお菓子豪華」

「タイムが5位に入ったから」

「雑賀君にハンデつけて時間もらわなかったら1位になってたかも」

「同じチームで勝負してたの?」

「結城に挑まれた」

「だって、雑賀君がすぐに解くから」


 その後もみんなでゲームや模擬店を周り、2時前に部活の企画の当番に行く3人と別れて、ひとり図書室に向かった。


 図書室は3棟2階の端で校内の片隅にある。3棟には美術室や書道室、情報室など特別教室が入っていて、今の時間も作品の展示が行われているけれど、クラス教室のある棟に比べると人通りが少なく静かだった。

 図書室に入ると、テーブルに並べられた古本が目に入った。生徒や先生から読まなくなった本を集めて安い値段で売っている。


 図書室の担当の先生の姿を探していると、本棚の陰から眼鏡をかけた女子が現れた。放課後カウンター当番に来ると、いつも勉強している3年生だ。


「こんにちは」

「あ、こんにちは。えっと、図書委員の当番?」

「はい。2年の結城です」

「3年の谷口です。仕事の内容を説明するね」


 谷口先輩はぱたぱたと歩いてドアに近いテーブルの席に着いた。谷口先輩の方が先輩なのに緊張しているみたい。

 テーブルの上に帳簿、小銭を入れる箱、古本を入れる袋が置いてある。古本が売れたら帳簿に金額を書き、お札は引き出しの缶に入れる、と谷口先輩は説明した。

 その時間も図書室には私たち以外誰も現れない。忙しくなさそうで良かったと不真面目なことを思った。


「谷口先輩は文化祭どこ周りました?」

「ショートフィルム見に行って、食べたのは自分のクラスのからあげと、うどんと、家庭部のパウンドケーキ。結城さんは?」

「私もからあげ食べました。3年3組ですか?」

「そう!」

「おいしかったです。私はほかにタピオカドリンクと、クレープと、自分のクラスのカレー。おばけ屋敷と謎解きゲームにも行きました」

「謎解きゲームは時間がなかったから行けなかった。全部解けた?」

「ほとんどペアの子がするっと解きました」

「そっか。藤君たちのバンドは見に行った?」


 予想外の質問に身構えると、谷口先輩が慌てたように付け加えた。


「あ、私、放課後よく図書室で勉強してて、結城さんが当番のとき藤君と話してるの見かけるから」

「私も谷口先輩の顔覚えてました。バンドは、クラスの方で色々あって、終わりの方だけ間に合いました」

「残念だったね」


 谷口先輩は大人しい印象で、私の見かけた範囲で小泉先輩といる【友だち】とタイプが違う。本来の意味の友だちだろうか。

 テーブルに置かれた小指から赤い糸が図書室の外へとのびている。明日香さんなら糸に触れるだけでその先の相手がわかる。私はまだそこまで能力が高くない。


「谷口先輩は最後の文化祭ですよね。人も来ないし、私ひとりでも留守番しますよ」

「ありがとう。でも友だちのひとりは家庭部の当番に行って、もうひとりは彼氏と周ってるから、当番がなくても図書室で暇をつぶしてたかも」

「私も、友だちの部活の当番に合わせて、シフト出しました。ひとりで時間をつぶさずに済んでよかったです」


 ふふっとふたりで笑う。最初よりもリラックスした雰囲気になった。

 私は部活に入っていないから、アルバイトが同じだった東先輩以外、親しい先輩後輩がいない。ちなみに小泉先輩は例外扱い。


 誰も来ないのもあり、さっき過った不安を自分の1年先にいる先輩に質問してみた。


「受験生って大変ですか?」

「そうだね。来年ちゃんと大学生になれるか不安だし、早く勉強から解放されたい」

「勉強漬けですか?」

「今まででは一番。家で勉強すると誘惑がいっぱいだから、図書室で勉強してるんだ。……あと、ときめきを摂取せっしゅしに」

「ときめき? 恋愛小説ですか?」

「ふふっ。時間ってあっという間に過ぎるよ」


 来年の今頃、自分は何を目指しているだろう。気付けば高校生活も折り返し地点になっていた。あと半分もない時間で何かが見つかる気がしない。


 廊下から話し声が聞こえたと思えば、保護者だろう夫婦が入って来た。その後も客がぽつぽつとやってきて、私が当番の間に10冊の古本が売れた。

 絵本を買った親子連れと入れ替わるように、先生が戻ってきた。本が売れて空間ができたテーブルを見て喜んでいる。


「思ったより売れてる。射的でお菓子もらったからふたりで分けな」


 先生はそう言ってふくろから駄菓子をいくつか取り出してくれた。図書室は飲食禁止なので、谷口先輩とじゃんけんしながら取り分けるまでに留める。


 先生は国語科で、谷口先輩も読書家で、古本の中から読んだ本の話をはじめた。性別の違う、親子ほど年の離れたふたりが共通の話題で楽しそうに話す様子をうらやましく思って、私は読書の習慣がなかったけれど、どれか買って読んでみようという気になった。


「この中で読みやすいおすすめの本はありますか?」

「この中でだったら、私は再会した高校生のじれったい青春小説がおすすめ」

「僕はこの時代小説が良いと思う。きれいな日本語で、人々の美しさや哀しさが描かれている」


 おすすめを聞くとふたりの方が喜んで見繕ってくれた。2冊買っても古本の値段はとてもお買い得で、それぞれのおすすめ本を買った。


 午後3時になり、放送で文化祭終了のアナウンスが流れた。「クラスの方に人がいるならこちらの片付けを手伝ってほしい」と先生に頼まれ、そのまま谷口先輩と一緒に古本の箱詰めを手伝った。

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