07(2)

「円だってバンド見たかったのに!」


 再び校舎を周りながら、郁は私の分まで怒っていた。遅れた女子たちにも、「自分の役割は投げちゃだめじゃん」とはっきり言っていて、すごいなと感心した。

 クレープの先まで食べ終えて、包み紙を小さくたたむ。


「そろそろ高橋君たちも当番終わるけど、どうする?」


 私の言葉に郁はきゅっと唇を引き結ぶ。それから、何かを見つけたような顔をした。


「あれ、東先輩たちじゃない?」


 郁の視線の先に3年生たちがいた。その中には小泉先輩もいる。


「見に行くって約束したなら、円は悪くないんだから、ちゃんと見られなかった理由言った方がいいと思う」

「だね」


 浮かない返事だけして尻込みする私に、郁は何かを決心したように、よし、とつぶやいた。


「私も高橋と話してくるから、円も小泉先輩に言いに行こう。早い方が良い」


 いざとなったら潔い友だちに思わず笑みがこぼれる。少し勇気をもらった。


「まずは先輩たちが近くにいるけど、私もついてく? ひとりで行く?」

「ひとりで行く。ありがとう」

「わかった。後で集合しよう」


 郁は来た道を戻り、私はそのまま前へ進む。彼らに近づくのに比例して鼓動が早くなる。

 声が届く距離で小泉先輩が私に気付いた。輪から外れ、私の前で立ち止まる。


「演奏中まるちゃんを見つけれなかったけど、どのあたりにいた?」

「実は当番がうまく回らなくて、途中から後ろの方で聞きました。約束したのにごめんなさい」


 今になって悔しくなる。どうしてぐずぐずしていたんだろう。見に行くと約束したとき、あんなにうれしそうな顔をしてくれたのに。

 無感情に見つめられて息が詰まりそうでも、うつむきそうになる顔を上げる。逸らしたらだめな気がした。


「大変だったのに武道場まで来てくれたし、本当に残念そうにしてくれてるから、謝らなくていいよ。代わりに今度放課後遊ぼう?」


 まるでいいことを思いついたとばかりに笑顔を浮かべる。でも、そっちの方が無理だから。


「それは厳しいです」

「えー。何で?」

「彼女がいる人と遊ぶのはちょっと」

「だから彼女じゃないって」


 ちらっと前の3年生たち見る。この中に【友だち】がいるなら、彼女か彼女じゃないなんて話し続けるのはまずい。

 顔ぶれにはタピオカドリンクを運んでくれた郁の部活の先輩もいた。彼女の糸は足元に落ちずに小泉先輩の小指に結ばれている。


「藤、呼んでる」


 東先輩から声がかかってほっとする。小泉先輩がグループに戻り、代わりに東先輩が内緒話をするように声を落とす。


「藤がこんなふうに懐くんのレアだな」

物珍ものめずらしいだけですよ、きっと」

「藤のこと好きになった?」

「そんなんじゃないです」


 むしろ関わりたくない存在だった。小泉先輩の色鉛筆を蹴ってしまったのは、不慮の事故と言っていい。

 否定したのに、東先輩は真面目な顔して言う。


「結城は結構話すから言うけど、藤はそういう意味で付き合うのはすすめない」

「私もそう思います」


 わかっている。踏まれて縮れた糸がそこに見える。

 今度は信じてくれたかどうかわからないまま、東先輩は空気を変えるようにいつもの調子に戻した。


「結城のクラスは出し物何してんの?」

「カレーです」

「お、後で食べに行く」

「チケット残ってるからどうぞ」

「なら、からあげと交換」

「ありがとうごさいます」


 財布に残っていたチケットを差し出し、からあげのチケットをもらう。

 また後で、と東先輩に言ってその場を離れてから、郁に集合場所を聞くメッセージを送った。




「お待たせ」

「お疲れさま。円も来たし、どこから周る?」

「俺、おばけ屋敷行きたい」

「おもしろそう。雑賀君と円もいい?」

「いいよ」

「うん」


 郁から高橋君と仲直りできたと返信があったけれど、実際にふたりが話しているのを見て安心した。

 おばけ屋敷の教室の前には列ができていた。期待を胸に最後尾に並ぶ。


「遊園地に夏におばけ屋敷できるよね。来年みんなで行かない? ジェットコースターも乗りたい」


 私はおばけ屋敷もジェットコースターも苦手じゃないので、「いいね」と答える。


「遊園地は賛成だけど、ジェットコースターはパス。高いところ無理」

「高橋君って高所恐怖症だったんだ。雑賀君はジェットコースター平気?」

「俺もあの浮遊感はあまり好きじゃないから、ふたりが乗ってる間、将真と別のアトラクションに行く」

「じゃあ円といっぱい乗ろう! 息抜きも必要だよね」


 付け加えられた言葉に、もう半年も経たずに受験生なのだとはっとさせられた。

 先生や家族との話でも、ふいにこうして未来を突きつけられることが増えた。文化祭が終われば進路調査票が配られる。私にはそこに記入する目標をまだ見つけられていなかった。


 私たちの番になり、案内されて入口をくぐると、すぐにドアが閉められた。教室の中は窓ダンボールで覆われて真っ暗。不安にさせるようなおどろおどろしいBGMが流れている。

 迷路を歩きながら息つく間もなく登場するおばけやトラップをおもしろがる余裕はあったけれど、最後にゾンビが追いかけてきたので早足で出口のカーテンをくぐった。

 明るい廊下に出て目が痛くなる。瞬きを繰り返して、だんだんと目を明るさに慣らした。


「最後のは反則だろ」

「怖かったー」

「雑賀君は?」


 一番後ろにいた雑賀君は遅れてカーテンから出てきた。


「ゾンビが背中に乗っかってきて、リア充かって耳元で叫ばれた」


 雑賀君が先輩の名前を言って高橋君も爆笑する。サッカー部の先輩だったらしい。


 おばけ屋敷の隣のクラスでは謎解きゲームをしていた。30分以内に校内に仕掛けられた4つの謎を解くというルールで、雑賀君の提案により2チームに分けて勝負することになった。

 1つ目のクイズは視聴覚室の前の掲示板に貼られていた。異なる2文字の熟語が矢印を挟んで左右に記され、4つのペアの一番下の右側が熟語の代わりにクエスチョンマークになっている。

 法則を探っていると、「わかった」と隣から聞こえた。説明を聞いて解答用紙に答えを記入する。


(雑賀君が全部解いてしまいそう)


『田中と将真、結城は俺と』とご指名された。郁と高橋君はまだ気まずいんじゃないかと心配したけれど、これぐらいの荒治療の方がいいかもしれないと思い直し、雑賀君の提案にのっかった。郁と高橋君は最後のクイズから周っている。


「次はどこ?」

「音楽室だから、この上の階。郁たちはどんなふうに仲直りしたの?」

「田中がテントに戻って来て、ごめんって。それで将真も謝った感じ。将真は今回何もしてない」

「ヘタレだなあ」

「ヘタレだよなあ」


 階段で私が持っているのと同じボードを持った男子と女子の2人組とすれ違う。ふたりは恋人に見えた。あのふたりから見たら私たちはどんな組み合わせに見えるのだろうとも思った。


「結城は小泉先輩と話せた?」

「うん」

「結城は木村たちにもっと怒ってもよかったのに」

「私が怒っても効果ないと思う。だから、雑賀君が言ってくれてすかっとした。どうして嘘ってわかったの?」

「体育館の方から歩いてきたから。あの人たちバスケ部じゃないし、全然ごめんって思ってなさそうだったし」

「よく見てるなあ。でも、雑賀君が聞き返したからごまかせないって正直に言ったんじゃないかな。雑賀君は怒らせたらいけないって思った」

「それ山田にも言われた。あ、クイズあった」

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