06(2)

「かわいい衣装着たかった」


 少し離れた席でお弁当を食べる女子グループの会話を耳に拾った。


「カレーなんて家で作ればいいじゃん」

「スタドラの時間と当番かぶるし、ほんと最悪」

「それさ……」


 聞き耳を立てていると、「結城」と名前を呼ばれた。雑賀君が私の机の横に立ち、プリントを手渡される。


「実行委員のプリント。先生が朝渡し忘れたって」

「ありがとう」


 プリントには今日の舞台発表のリハーサルの時間と集合場所が書いてあった。


「変更ないよね。雑賀君は部活大丈夫?」

「今日はグラウンドぬかるんでて、筋トレだけだから。さっき部長にも言っておいた」


 雑賀君がちらっと郁の方を見る。雑賀君はサッカー部で、部長とは高橋君のことだ。


 雑賀君が男子のグループに戻ってから、郁が「ねえ」と目を輝かせる。


「雑賀君のことどう思う?」

「頭のいい人だよね」

「そうじゃなくて! 雑賀君はどんな子が好きとか聞いたことないけど、円と雑賀君いいと思う」

「自分の方が釣り合わないよ」


 男子たちの笑い声が起こり、ふとそちらを見る。雑賀君は机にもたれるように立って一緒になって笑っていた。細い黒縁眼鏡をかけた、大人びた男の子。去年は違うクラスだったけれど、高橋君を通して話すようになった。


「告白されたら付き合う?」

「今は自分のことを考えなさい」

「はーい」


 郁は話題を逸らされたのにによによと笑っているから、きっと今の私は平静へいせいを装えていない。







 人の流れに沿って階段を下りる途中、前を歩くブロンドが目を惹いた。

 大学ならともかく、校則で染色が禁止されている高校ではなじみのない髪色。東先輩の話によると柏木かしき先輩のお母さんがアメリカ人で、ブロンドの髪は地毛らしい。柏木先輩の隣にいるショートボブの女子が麻生あそう先輩で、ふたりは中学から付き合っているそうだ。


 校舎中央の階段を1階に下りると生徒用昇降口があり、階段寄りが3年生の下駄箱で、右に行くほど2年、1年の下駄箱が並んでいる。

 昇降口の前の廊下に小泉先輩と東先輩がいた。スクールバックとは別に、黒い縦長の楽器ケースを背負っている。小泉先輩が柏木先輩たちを見つけ、その肩越しに目が合った。


「まるちゃん」


 いつも見つけるのは私が先で、声をかけるのは小泉先輩から。

 階段を下り切って小泉先輩たちの前に進む。


「帰り?」

「これからリハーサルの手伝いです。先輩たちはバンドの練習ですか?」

「ルカの家で。バンド、12時から」

「覚えてます」


 小泉先輩は満足そうに笑い、またね、と靴に履き替えた東先輩たちの後を追った。


(今週は図書室で会わなかったから)


 他人の目があるのに、以前のようにすぐに話を切り上げなかったことを誰にでもなく言い訳しながら、ステージ発表のリハーサルのために体育館に向かった。




 1日目の舞台発表は、授業や部活、クラス企画の発表にあてられる。バンド演奏など少人数の有志の発表は2日目の一般公開日に武道場で行われる。その日は有志の人たちで回すので、文化祭実行委員のステージ班の仕事は1日目だけ。私たちは次の発表者を並ばせたり、譜面台などを運んだり、出演者と一緒に本番の流れを確認した。


 リハーサルが終わり、なんとなく雑賀君とふたりで帰る流れになった。高橋君に告白するように雑賀君とけしかけて、郁と高橋君が付き合った日以来だ。


「私は雑賀君が実行委員になってくれて助かったけど、話が進まないからなってくれたの?」

「結城も学級委員から頼まれなかったらならなかっただろう。でも、結城がならなかったら手挙げなかったかな」


 実行委員を決める場で直接私に頼む言葉はなかったのに、後ろの席からお見通しだったようだ。

 どんな顔でいればいいかわからなくなってうつむき加減に歩く。日が暮れて、少し冷たい風が淡い赤の糸を揺らす。

 

「将真から田中とけんかしたって聞いたけど、結城も聞いた?」

「今日郁から聞いた」

「去年の文化祭は俺たちがせっついて一緒に周ったけど、今年は周りもしなさそう。逆戻りしてる」

「でも話聞いてみると、やきもちやいてるだけ」

「ほんとそれ。ふたりの問題だけど、そろそろ隣で落ち込まれるのも鬱陶しいから仲直りしてほしい」

「大丈夫だよ。仲直りする」


 自信を持って言うと、「へえ」と声のトーンがあがる。


「結城は未来が見える?」

「まさか。勘だよ」


 赤い糸のことは家族しか知らない。仲の良い郁にだって話していない。


「もし見えるなら、俺の未来も教えてほしかったのに」


 郁とは宝くじが当たったら何に使うかなど想像することがあっても、雑賀君から現実的でない話をするのは意外だった。


「将来の職業? どんな人と結婚するとか?」

「食いつくね」

「ごめん、雑賀君からそんな話を聞くのが珍しくて」

「全然。まあどちらも気になるけど」


(知りたいのは、変わった糸の相手のこと?)


 雑賀君の小指に結ばれた別の糸、その想いの種類が不明のまま。絶対的な自信を持てないから、臆病な私は遠回しに探りを入れる。


「今日郁と、雑賀君はどんな子が好きか聞いたことないって話して」

「どんな流れでそんな話になった?」

「雑賀君がプリントを届けてくれた後に。好きなタイプある?」

「特にないんだよな……。好きになった人が好きなタイプってやつ」


 漠然とした答え。だけど、見えている私にはどきどきしてしまう。

 飄々ひょうひょうとして、学力だけでなく地頭じあたまがいい。どんなタイプのクラスメイトからも一目置かれる存在。

 郁に言ったとおり、雑賀君となんて正直自分の方が釣り合わないと思う。けれど、時々郁と高橋君の保護者のポジションになって仲間意識があるし、高橋君いじりにものってくれるし、波長が合うとも思う。好きか嫌いかと聞かれれば、迷わず好きの方を選ぶほどに。


「結城は好きなタイプ聞かれたとき、何て答える?」

「私は、誠実な人がいい。ありきたりかもしれないけど」

「小泉先輩と逆だ」


 不意打ちでその名前が出てきて息をのんだ。


「昇降口で仲良さそうに話してるの見かけた」

「図書委員の当番中に話したことがあって、仲良いってほどじゃない」

「バンド見に行く約束したのに?」


 思わず雑賀君を見上げると、「聞こえた」としれっと答える。


「小泉先輩のこと好きなの?」

「好きじゃないし、ならない。小泉先輩を好きになる人は大変だって、本人の前でも言うぐらいなのに」


 率直に聞かれてぎょっとした。否定しようとしてよけいなことまで言ってしまう。でも、頭の回転が速い雑賀君には何を言っても墓穴を掘ることになりそう。


けるなー」


 私を動揺させておいて、雑賀君は飄々とした態度を崩さない。雑賀君は結構策士だ。だけど、私自身も気持ちの半分を見透かしたこのやりとりをドキドキしながら楽しんでいる。


 彼にのびる赤い糸は他にもあり、見る目があると思う。

 雑賀君と付き合ったら、きっと傷つけられることはないんだろう。

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