06(1)

 文化祭が今週末に迫り、ホームルームは模擬店の準備にあてられた。

 黒板に1時間区切りで当番の時間帯が書きだされ、希望する時間の下に自分の名前を書いていく。


「スタドラの演奏何時だっけ?」

「12時って聞いた」

「最後だし絶対見に行きたい」


 後ろの席からそんな会話が聞こえてきた。東先輩たちのバンドは高校生向けのイベントでライブハウスでも演奏したことがあるらしく、他校の友だちでも知っている子がいた。


 私も席を立ち、黒板より先に郁の席に寄る。


「郁は何時に入る?」

「バスケ部の当番が午後2時からだから、それ以外ならどこでも。円は?」

「うーん……。11時にしようかな。12時から東先輩たちの演奏見に行きたい」


 11時と12時の当番の希望者が少ない。他の時間に名前を書いても、あぶれて12時の当番に入れられるのは避けたい。次の当番の人は5分前集合なので、模擬店をする駐車場から武道場は近いし、交代して急げば間に合うだろう。


「東先輩歌うまいよね。当番終わったらダッシュしよう」


 アルバイトや東先輩の話は郁にしている。去年のバンド演奏も一緒に見に行った。

 郁も同じ時間を選び、私の名前も黒板に書いてくれる。そのときチョークを持つ手の小指に結ばれた糸がねじれているのに気付いた。


「今年は高橋君と周らないの?」

「特に約束してない」


 郁は学校行事で彼氏と周りたいというタイプではない。嫌なわけじゃなくて、彼氏といるところを知り合いに見られると恥ずかしくなってしまうらしい。

 去年の文化祭は高橋君と郁が付き合ったばかりで、頼まれて1時間ほど高橋君と雑賀君と郁と私の4人で周った。


「図書委員会の方は企画ないの?」

「古本市の当番がある。私も午後2時でシフト表の希望を出そうかな」


 糸は赤いままだから緊急事態ではない。本人が話してくれるまで待つことにする。

 全員の名前が書き終わり、人数がオーバーした時間帯はジャンケンで決めることになった。負けた子と仲良い子も他の時間帯に動かそうとして少しごたついたけれど、当番の人数が平等に振り分けられた。



 ○



 クリーム色の箱の蓋を開けると、茶色と緑の小ぶりなマカロンが4つ並んでいた。


「お誕生日おめでとう」

「ありがとう。すごい、お店で売ってるのみたい」


 郁はお菓子作りが得意で、作ると学校に持ってきてお弁当を食べた後に出してくれる。今回私の誕生日に郁がお菓子を作ってくれるというので、まだ郁も作ったことがないというマカロンをリクエストした。


「茶色がココアで、緑が抹茶。はじめて作ったけどちゃんとふくらんでよかった」

「マカロンってどうやって作るの?」

「まず卵白を泡立てて……」


 説明してくれたのは時間と手間がかかる作業で、がんばってくれたことに改めてお礼を伝えた。

 いつものようにマカロンをスマホのカメラで撮ってから、まずはココアの方を食べる。


「おいしい。何個でも入りそう」

「これは全部円の分だよ」

「高橋君にも持ってきてる?」


 探りを入れてみると、みるみる表情が暗くなった。


「高橋とけんかした」


 やっぱりと思う。糸のねじれに気付けば、郁と高橋君が話していないのもわかった。


「原因は?」

「文化祭でバスケ部はフリースロー大会をするんだけど、月曜日に男バスの部長と景品の買い出しに行ったのをサッカー部に見られて、高橋にも伝わって」


 文化祭は部活でも企画を用意するところもある。バスケットボール部は男女合同でするから、買い物も一緒にとなったのだろう。

 もともと月曜日は高橋君と帰る日だ。ふたりとも大会があって最近デートもしてなかったみたいだし、自分と帰る約束がなくなったうえ他の男子といたと聞いて不満を募らせたのかもしれない。


「男バスの子はただの友だちだし、本当は3人で買い出しだったのがひとり用事で行けなくなったからだったのに。それに、高橋だってサッカー部のマネージャーを家まで送ったことあるんだよ。私だけ言われるなんて不公平だ」

「そうだね……」


 実際は男バスの部長の指から赤い糸が郁に伸びているので、そこは曖昧に返す。ひとりドタキャンしたのもわざとなのではと思う。


「ふたりともやきもちやくのも、相手のことが好きだからだよね」


 部外者からみれば、けんかの原因はその相手と一緒にいた人に嫉妬しているだけ。

 糸は少しねじれているだけで、濁りのない赤色のまま。今日高橋君を観察していたら、怒っているというより元気がない感じだった。


「高橋君も今頃けんかしたこと落ち込んでそう。ふたりとも素直に気持ちを話せば仲直りできるよ」

「うん。がんばってみる。円が言うとそうなりそうって思えるんだよね。円の友だちが高校違っても恋愛相談するのわかる気がする」

「大したこと言ってない。彼氏いないのに、説得力ないって自分でも思う」


 以前郁とファストフード店にいたとき、偶然再会した友だちから話を聞いてほしいと言われたことがあった。バレンタインデーが近づき、私も知っている男の子にお菓子を渡そうか迷っていた。

 友だちの小指に結ばれた赤い糸の先が桃色になっているのを確認してから、迷うなら渡した方がいいと言っただけ。『自分が後悔しないように行動するのがベスト』という明日香さんの受け売りだ。


「アドバイスというより、背中を押してもらいたいんだと思う。円は欲しい言葉をくれるから」


 郁は人の良い部分を見つけるのが上手だと思う。

 1年のクラスにお互い仲の良い友だちがいなかったという理由で話すようになった。班行動ではすぐになじむし、その相談してきた私の友だちとも初対面なのにいつの間にか打ち解けた。

 明るくて、誰とでも分け隔てなく接する。それは高橋君も同じ。ふたりは似た者同士だ。


 けれど、郁は中学のとき高橋君に告白して、そういうふうに見れない、と言われたのが恐らくコンプレックスになっている。自分に向けられるそういう感情に鈍感だ。

 お菓子作りをはじめたきっかけも、高橋君にふられて、自分がイメージする女子力を身に付けるためだったそうだ。本人はそのときは大真面目だったのだと恥ずかしそうに言っていたけれど、私は誰かを好きになってそんな強い気持ちに駆り立てられたことがなく、うらやましいと思った。


 私が今まで付き合ったのは、中学のときにひとりだけ。自分がいたグループの友だちみんな彼氏ができて、ある意味流行り風邪みたいに自分も彼氏という存在に憧れた。相手も同じような立場で、友だちの延長で付き合ったという感じだった。

 たまに友だちの関係ならしないことにドキドキしたけれど、けんかもなく、心を大きく揺さぶられることもなく半年付き合って、彼の小指に私の赤寄りの桃色の糸よりも別の糸が深く染まった時点で、『好きな人できた?』と私から聞いた。


 私が高校で郁と高橋君に出会ったときには、その間に赤い糸が結ばれていた。郁はふられても高橋君を好きで、雑賀君から聞いた話では高橋君もふった後に自分の気持ちを自覚したらしい。

 長い両片思いから、去年の秋、高橋君から告白してふたりは付き合った。

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