04

 今日も隣の女の子に笑いかけながら、赤い糸を踏みつける。




 土曜日の午後。アルバイト先のカラオケ店に男女8人のグループがやってきた。学生証を確認して、代表者に利用時間などを聞いて受付する。後ろの方にいた小泉先輩が私に気づいて手を振ってきたので、頭を小さく下げた。


「藤の友だち?」


(今のはどちらの意味で言われたんだろう)


 女の子が小泉先輩に腕を絡めて尋ねる。それでいてこちらには牽制けんせいするような鋭い視線を投げていた。


「後輩」


 小泉先輩はシンプルに答える。彼女はその答えにというより、小泉先輩の視線を自分に向かせて機嫌が戻った。

 受付を終えてグループがぞろぞろと移動する。あまり向けられることのない視線の種類に緊張して、姿が見えなくなってからほっと息をついた。




 私がバイトをしているカラオケ店は、駅近くのビルの1階から4階に入っている。高校の最寄駅というのもあり、顔見知りに会うことも多い。

 さっきの小泉先輩たちのグループは、全員私服だからすぐにはわからなかったけれど、学生証を確認したら同じ高校の3年生たちだった。


 伝票を整理していると人の気配がして顔を上げる。小泉先輩がカウンターに腕を組んでもたれていた。


「バイトお疲れー」

「こんにちは」

「バイトしてるところ初めて見たけど、こうやってカウンター越しで話すと図書室の当番のときみたい。優斗は従業員割引があるからってバイト選んだけど、まるちゃんも同じ理由?」

「店長が私のおばさんの友だちで、紹介してもらいました」

「そうだったんだ。今日バイト何時まで? この後ごはん行かない?」

「当店はそのようなサービスは行っておりません」

「えー。優斗とは行ったって聞いた」

「一緒に来た人たち待ってるんじゃないですか?」

「今はまるちゃんと話す方が楽しい」


 誰にでも言っているんだろうな。女たらしの印象はぬぐえない。

 小泉先輩と明らかに友だちの距離ではない近さだった人は、以前渡り廊下で一緒にいた1年生とは別の人ということ。そんな相手が何人いるのか、知りたくもないから聞かないけれど。


「今はバイト中なので」

「はーい」

「あの、」


 小泉先輩があっさりカウンターから身を引くから、思わず呼び止めていた。


「ん?」

「月曜の当番、先生に書庫の整理を頼まれて、だから、書庫にいます」

「手伝う」


 自動ドアが開いて、女性のグループが子ども連れでやってきた。


「明後日」


 小泉先輩はそれだけ言って、今度こそカウンターを離れていった。


「大人4人と、小学生6人です」

「10名様ですね。お時間はどうされますか?」


 一旦引いた態度も演技とさえ思えてくる。まんまと手のひらで転がされた悔しさを抑えながら、受付の対応にあたった。

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