03
何が気に入ったのか、あれから小泉先輩は私が当番の日に図書室に現れるようになった。
ずっと話しかけてくるとか、友だちや【友だち】を連れてくるとか、図書委員の仕事を邪魔されることはなかった。
返ってきた本を本棚に戻す間ついてきたり、私がカウンターにいる間テーブルか植物の本棚の前で絵を描いたり、閉館時間になってカーテンを一緒に閉めたり。気の向くまま、マナーを守って過ごしていた。
女の子との付き合い方には共感できないけれど、小泉先輩と話すようになって、苦手意識が少しやわらいだ気がしていた。
○
「あ、まるちゃん」
訂正。知らないふりをしたい。
5限目は隣の棟の視聴覚室で授業のため、昼休みが終わる間際に渡り廊下を移動していると、小泉先輩とばったり会ってしまった。
郁が驚いているのが横目でわかった。
小泉先輩の隣にいた東先輩も驚いていた。
「まるって名前だっけ」
「違います」
「俺がそう呼んでるの。てか、なんで優斗とまるちゃん仲良さげなわけ?」
「バイト同じだったんだよ」
私は基本休日にカラオケでアルバイトをしている。東先輩は受験生だから辞めたけれど、以前はシフトが重なることが多く、学校でもすれ違うと話しかけるぐらい親しい先輩だった。
ただし小泉先輩は別だ。図書室ならまだしも、人通りのある場所で【友だち】に見られて疑われるのも、関係ない人から【友だち】だと勘違いされるのも嫌だ。
タイミング良く予鈴が鳴って、それでは、とその場を離れた。
視聴覚室の席は自由で、長机の席についてから郁が興味津々といった感じで聞いてきた。
「小泉先輩と知り合いだったの?」
「最近図書委員の当番で話すようになったの。でも、小泉先輩といて目立ちたくない」
「まるちゃんって呼ばれたとき、見つかったって顔してた」
小泉先輩のことを郁に話していなかった。郁は気にするような子じゃないとわかっていても、隠していたことを後ろめたく感じた。
郁にも見破られたのだから、多分本人も気付いているはずだ。好意を向けられるのに慣れているから、異色な人間をおもしろがっているんだろう。
英語の先生が視聴覚室に入って来たのでおしゃべりを止める。これから教科書に出てきたアメリカの古い映画を観賞する。
映画について簡単な説明の後、部屋の電気が消され、先生に言われて窓際に座っていた生徒たちが黒い遮光カーテンを閉める。小泉先輩のことを頭から追いやって、前に映し出されたモノクロの画面に集中した。
英語の次の時間割はLHR《ロングホームルーム》で、内容は文化祭の企画決めだった。
その前に文化祭実行委員を男子女子ひとりずつ決めるところからはじまった。クラス企画については学級委員がまとめるので、文化祭実行委員は全体の運営の手伝いで、仕事によっては放課後に会議や作業が入る場合があるらしい。
去年のクラスはすぐにやりたい子が手を挙げたのに対して、今年のクラスはなかなか決まらない。
部活してない人がやれば? 部活入ってないけど、塾あるから出来ない。バイトあるから無理。
友だち同士で話す声は聞こえても、自分がやるという意思も話を進める意見も出ない。「誰かしてくれる人いませんか?」と学級委員のふたりも教壇から呼びかけるものの、押し付けあう空気に困っている。
時間内に全部決まらないかもしれない。黒板の上の時計を見ようとして、学級委員のひとりと目が合ってしまった。中学からの友だちで、私が部活に入ってないのも塾に行っていないのも知っている。
こういうとき、知らないふりをできない性格を悔やむ。
「円やってくれる?」
手を挙げると、友だちはほっとしたような顔をした。それから視線を後ろに移す。
「雑賀君も?」
後ろの方の席で
続けて学級委員の進行でクラスの企画決めに移る。実行委員を決める間のやる気のなさに心配していたら、カフェや写真館、占いなど、女子から異装したいという声とともに候補があがる。
一方男子からカレーの意見が出た。お腹に溜まるのがいいと投票で票が固まり、カレーの模擬店に決まった。
異装をしたがっていた人たちからぼそぼそと不満が聞こえる。カレーを提案した山田君が大きな体を気まずそうに縮こませてかわいそうだった。
女子の一部が自分たちのやりたいこと以外にはあまり協力的でなくて、体育祭でも団結力や行事の盛り上がりがいまひとつ欠けていた。
先生に前に呼ばれて実行委員の連絡票を渡されたときに、だめもとで聞いてみた。
「模擬店って異装できますか?」
「模擬店については制服かクラスTシャツって決まり」
「ですよね……」
実行委員を決めるまでに時間がかかったし、なにより投票で公平に決まったことだ。今さら
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