01(2)
毎週月曜日の放課後は、図書室のカウンター当番がある。4月の図書委員会で曜日を割り振られて、だけど実際仕事に来る図書委員は少ないらしい。私は部活に入ってないし、放課後特に用事がないから出ていたら、図書室の先生に助かると言われてますますさぼれなくなり、消極的な使命感に駆られて毎週通っている。
放課後の図書室はほぼ同じ顔触れが勉強や読書をしている。当番にあたるまであまり利用してこなかったけれど、図書室はクラス教室のある1棟から離れた3棟の端にあり、静かで居心地が良かった。
当番の時間はドアのそばにあるカウンターに入って、
今日は世界の美しい景色の写真集を眺めていると、視界の端で白いシャツが
小泉先輩だった。
図書室は壁にそってぐるりと本棚が備え付けられて、北側と南側は窓がある分本棚は低い。真ん中のスペースに6人がけのテーブルや1人用のキャレルデスク、奥に背の高い本棚が並ぶ。小泉先輩は他の受験生よりも軽そうなリュックを背負って、図書室の奥へ進んでいく。後からさっきの彼女が来るのだろうか。
(【彼女】じゃないんだっけ)
だけど、していることは恋人相手にするようなこと。図書室でいちゃいちゃするのはやめてほしいとだけ願った。
それから後に新しい人が来ることはなく、間もなく閉館の時間になった。
図書室の常連はこちらから言わなくても机に広げたものを片付けだす。その中に小泉先輩の姿はない。でも、白に近い桃色の糸が本棚の向こうにのびているから、奥にはいるはずだ。
(カーテン閉めてる間に帰ってくれないかな)
写真集を本棚に返して、カウンターに近い南側の窓からカーテンを閉めてまわる。
奥の窓のカーテンまで閉め、北側の窓を閉めようと壁の本棚の前を進んで、踏み出した足に何かが当たった。
「あ……」
足元にあった緑の色鉛筆を拾う。前方に転がった赤の色鉛筆も拾い、自分が蹴ってしまったのはこれだけかとあたりを見回して、視界に捉えたものにぎょっとした。
足だ。3年生の青色のスリッパ、紺色のチェック柄のズボン、紺色のブレザーと徐々に目線を上げて、目が合った。
小泉先輩は壁側に垂直に並ぶ本棚にもたれて座っていた。本棚で死角になっていて見えなかったのだ。体の横には植物図鑑を広げ、膝には伏せたスケッチブック、手には白の色鉛筆を握っている。
驚きで声を出せないでいると、小泉先輩がゆるりと笑う。
「拾ってくれてありがとう」
のばされた手に色鉛筆を置く。「すみませんでした」と謝罪もあやふやに、残りのカーテンを駆け足で閉めてまわった。
下校のチャイムを聞きながらカウンターで日誌を仕上げていると、視界にコンパクトな花の図鑑と利用者カードを差し出された。
カウンターのパソコンで利用者カードに印刷されたバーコードと、本に貼られたバーコードを読み取り、貸出の手続きをする。最後に返却日を書いたしおりを図鑑にはさんで、相手に向かって差し出した。しかし小泉先輩は受け取らず、じっと日誌を見下ろしている。
「
「マドカです」
「じゃあ、まるちゃん」
じゃあ、のつながりがわからない。小泉先輩は私にあだ名をつけて、自分の利用者カードに書かれた名前を指さす。
「俺は
存じてますと心の中でつぶやいた。
小泉先輩はまだ帰ろうとしない。カウンター越しとはいえ、理由もないのに近くにいられると居心地悪い。苦手な人ならなおさら。
「スマホ鳴ってますよ」
早く帰ってほしいけれど、それ以上に自己紹介のときから鳴っているスマホのバイブレーションが気になった。
小泉先輩はズボンのポケットからスマホを取り出して画面を確認した後、電話に出ずに再びポケットに戻す。
「いいんですか?」
「今日は約束してないし」
バイブレーションはまだ鳴り止まない。
私がこの人を苦手に思うのは、踏みつけられた糸と、それが見えるから気づいた【トモダチ】といるときにふいに見せる冷たい眼差しだ。
(
「急用かもしれないですよ。……よけいなお世話かもしれないですけど」
でしゃばったことをした自覚から、最後の一言は尻すぼみになる。小泉先輩がじっと見てきてますます縮こまる。
「ここ電話だめだっけ?」
「通話は外っていうルールですけど、今は他に人もいないので大丈夫です」
「ありがとう」
小泉先輩は電話に出る。
「学校。え、みんな集まってるんだ。なら今から出る」
盗み聞きするつもりはなくても、静かな図書館内で自然と会話が耳に入って来る。
小泉先輩は電話を切った後、ようやくカウンターに置いていた本をリュックにしまった。
「まるちゃんは明後日もここにいる?」
「次は来週が当番です」
「来週も話しかけていい?」
「え? はい」
でも、どうして。混乱しながら返事すれば、小泉先輩は「また来週」と言い残して図書室を出て行った。
ひとり残った図書館はひっそりと静まり返る。
遠くから見かけるだけだった存在が、私の日常に飛び込んできた。日記の続きに取りかかるも、どくどくと落ち着かない心臓を紛らわすことかできなかった。
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