あかのいと

森野苳

緑の色鉛筆

01(1)

 ◇◇


 2階の廊下の窓から見下ろした先、隣の校舎との間の1階の渡り廊下に人影を見つけ、ほうきを動かす手を止めた。

 男子が柱にもたれ、女子がその正面に向かい合うように立ち、人目も気にせず両手を繋いでいる。


「次は1年生の子だ」


 いくがいつの間にか近くにいて、同じように窓の外を見下ろしてつぶやいた。ぴったりのタイミングだったから、別に悪いことをしていたわけでもないのにどきりとした。郁は私もふたりを見ていたとまでは気づいていなくて、「あそこ」と空のごみ箱を持たない方の手で指さす。


「先週は隣のクラスの子といたの見かけた。小泉先輩はともかく、いちゃいちゃしてるのに【彼女】じゃないとか、女子の方もそれでもいいって思うのかな」


 3年の小泉先輩が特定の彼女を作らないという噂は、本人と接点のない私たちの耳に届くほど有名だ。つまりあの女の子は【トモダチ】らしい。


「私も小泉先輩がやってることも、それを受け入れる女子の気持ちも共感できない」

まどかって小泉先輩のこと苦手?」

「話したこともないけど、あんまり関わりたくないタイプじゃない?」


 関わることもないだろうけど、と付け足すと、郁はさも意外とでも言いたげな顔をした。


「円にもそういう人いるんだ」

「いるよ。郁みたいに人見知りしないわけじゃないから」

「人見知りっていうより、なんていうかなあ。苦手になるより関心がなくなるって感じ」


 たしかに私は苦手とか合わないとか感じたら、苦手意識が強くならないうちにその人から距離を置くところがある。それが関心がないように見えるのかもしれない。思い当たるとしても、他人から言われると自分が冷たい人間みたいに聞こえて少し複雑な気分になる。

 教室からガタガタと机を運ぶ音がしはじめたので、おしゃべりを止めて私は廊下の掃き掃除の続きを、郁は机を戻す手伝いに教室に戻る。


 少しして、高橋君が違う掃除場所から戻ってきた。


「郁と帰る日だっけ」

「そう」


 高橋君は教室に入り、リュックを背負ったまま机運びを手伝いはじめた。

 月曜日は郁のバスケットボール部も高橋君のサッカー部も休み。郁の掃除が終わらないと一緒に帰れないというのもあるけれど、高橋君はこういうことをさっとやってしまうような人だ。逆だったとしても同じ。


 掃除が終わり、みんな荷物を持って教室を出る。


「円ばいばい」

「じゃあなー」


 私はあいさつの代わりにひらひらと手を振る。

 肩を並べて歩く郁と高橋君の距離は約20センチ。その間に揺れる、左手の小指に結ばれた赤い糸を見て、自然と口角が上がった。


 ――私は赤い糸が見える。


 お父さんの家系の女性にあらわれる力という。お父さんの妹の明日香さんは、この能力を活かしてよく当たると評判の占い師をしている。

 注意するべきは、私たちが見える糸は運命の相手ではなく、想う相手に結ばれるということ。つまり糸が切れることも、繋がる相手が変わることも、1人に複数結ばれることもある。

 色も赤一色だけじゃない。濃淡は好意の強さを表し、恋愛感情がない白色から、想いが募るほど桃色、赤へと移ろう。


 例えば、自分の片思いで相手に恋愛対象として意識されていなかったら、自分側から相手側へ赤から白にだんだん薄くなる糸になる。相手から好意が増すにつれて色づき、両想いになれば赤一色の糸になる。ねじれていたり、明暗があったり、糸も十本十色だ。

 芸能人や一目惚れの相手のように、相手が自分のことを認識していなくても糸は現れる。つまり、少なくても一方に恋愛感情があるという条件で、糸は小指に結ばれる。


 だけど、小泉先輩へとのびる赤い糸は、足元で踏みにじられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る