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 プレーヤーにCDを入れると、ドラムからはじまるアップテンポの曲が流れだした。


「何ていうバンド?」


 恭くんが運転しながら尋ねる。私は助手席でCDに書かれたバンドの名前を読みあげる。


「初めて聞いたけど、良いね」

「CD貸してくれた子、好きな音楽が恭くんと似てるかも。この曲を文化祭で演奏して、歌もベースもすごく上手だった」

「楽器できる人憧れる」


 運転する横顔をずっと見ていられると思う。


「問題集のことだけど、俺は数学しかわからないから、英語の先生からおすすめ聞いてきた」

「ありがとう」


 問題集を選んでほしいと恭くんにお願いした。

 日曜日で人の多いショッピングモール。まずはじめに書店に行って、候補をあげてもらったうち数学と英語の問題集を買った。恭くんも自分用に数学の本を買った。


(恭くんが私の高校の先生だったら毎日会えたのに)


 授業の代わりに時々数学を教えてもらっている。テスト前になると恭くんに会う口実ができて気分が上がる私に、「普通の反応と逆だよね」と友だちに笑われた。


「この後、恭くんは行きたいところある?」

「スポーツ用品の店寄りたい。果乃は?」

「私もついてっていい?」

「うん。果乃に見立ててもらおうかな」


 うれしい。まだ、恭くんとデートできる。


 モールの端にあるスポーツ用品店の中でも、恭くんが向かったのはバッシュ売り場だった。壁に色んなブランドやカラーのバッシュが展示されている。


「男子バスケ部の顧問だったね。恭くんもバッシュ買うの?」

「今男子9人で、試合形式の練習するのに俺も入ってってお願いされた。今は体育館シューズを使っているけれど、怪我する前に買っておこうかと」

「4月にルール覚えてたよね。このバッシュ、芹那が持ってるのと同じだ」

「部員がこういうハイカットのやつの方が怪我しにくいって言ってた」

「芹那も言ってた。あとこの形が好きなんだって。さゆりはあれみたいにもっと短いの持ってて、動きやすいって言ってた」

「なるほど」

「あ、芹那とさゆは女子校の友だちで、いつもいるグループなの」

「芹那ちゃんがしっかりもので、さゆりちゃんがゆるい性格だっけ」


 恭くんはバッシュを手に取って重さを比べながら、さらっと言った。


「あと、由依ちゃんが一途で、桃子ちゃんが根明ねあかで、梓ちゃんがクールビューティー。合ってる?」

「みんな合ってる」

「果乃の話聞くの、楽しかったこともムカついたことも、思い出のおすそ分けみたいで楽しいよ」


 恭くんがそんな優しいことを言うから、「恭くん、好き!」って叫んでしまいそうだ。


 後ろのスポーツウェア売り場にある全身鏡に恭くんと私が見切れて映る。

 今日は服選びも化粧もいつもより時間をかけた。知らない人たちから見たら、今日も兄と妹みたいに見えるかな。恋人に見えないかな。


「この黒いバッシュかっこいいよ」

「いいな。俺のサイズもある」

 

 恭くんは黒のハイカットのバッシュに決めた。部活でお世話になっている店で買うということで、手ぶらのままスポーツ用品店を出た。

 通路の両側に並ぶファッションのショップの前では秋服のセールの広告が目立つ。実は書店からスポーツ用品店まで歩きながら気になっていた。


「少し服屋さん見てもいい?」

「いいよ。俺には敷居が高いから、店の前のソファーで待ってる」


 恭くんに少しと言ったのに、お店に入るとつい時間をかけて見てしまった。

 ニットのセーターとストレートパンツを買って店を出ると、恭くんは男子4人組に囲まれていた。


「日野先生もモール来たりするんだ」

「時々来るよ。生徒がいなさそうな時間に」

「正直でウケる」

「デート? 加藤先生?」

「なんでだよ。違うよ」


 男子たちが「ばいばーい」と言って離れてから、恭くんに近づく。


「服いいのあった?」

「買っちゃった」


 袋を持ちあげて見せて、恭くんの隣に座った。


「さっきの人たちは生徒?」

「前の学校のな。授業持ってた」

「加藤先生も前の学校の先生?」

「聞こえてた? 付き合ってる噂が立っていたらしいけど、ただの噂」

「栞さんと付き合ってたんだもんね」

「付き合いだしたのは本当に栞が卒業してからだから!」

「告白したのは卒業する前?」


 恭くんはぐっと言葉を詰まらせる。技がきれいに決まった。


「どっちから告白したの?」

「あれは、俺が先に言ったようなものかな」

「ふうん。告白したときには両想いだったんだ」

「恐ろしい子……」


 ここ数年彼女がいなかったのは、栞さんを待っていたからだったわけだ。

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