第3章

12

 日が落ちるのも早くなり、ファストフード店を出ると空は真っ暗だった。1日の時間の長さは変わっていないのに、秋が深まると時間が経つのも早くなるような気がする。朝夕と冷え込む日も増えた。


「さむ」


 赤信号を待ちながら、右隣の優斗君は両手を口の前で合わせて息を吹きかける。


「果乃は平気そう」

「カイロあるから」


 ブレザーのポケットに入れた手はカイロを握っている。私は極度の寒がりだ。北国なんて住めない。


「今から持ってたら、さらに寒くなったらどうすんの」

「貼る」

「ふはっ。カイロ寄こせ」

「横暴だ!」


 私のカイロを奪おうとポケットに手を突っ込もうとするから、止めようと慌ててその手をつかむ。私より大きな手はひんやりした。


「手、あったかい」


 優斗君が小さく笑う。青信号に変わって、私たちは人に押されるように歩き出した。手は握られたまま。


「優斗君の手は冷たい」

「心があったかいから」

「いじめっこなのに」


 軽口をたたきながら、手が汗ばんでないか気になった。

 優斗君の顔を盗み見ると、髪からのぞく耳が赤い。


「耳赤い」

「寒いんだよ」


 誰かと手を繋ぐなんて小学生以来。はぐれないようにと恭くんに手を繋がれるとうれしくて、こんなに心臓がぎゅってならなかった。

 離さないのを寒さのせいにして、弱く握り返した。



 ○



 今日の昼休みの放送は曲のリクエストがなかったから、昨日優斗君に借りたCDを流した。


「これ、優斗君たちが演奏した曲だよね」

「うん。このバンドもベースボーカルだった」


 優斗君が言ったとおり、どの曲もかっこよくて私の好みだった。恭くんもこのバンドを好きそうだ。


「優斗君とはどう?」

「まだ返事待ってもらってる」


(付き合ってないのに手を繋いでしまったけど)


 昨日、由依が藤君とキスをしたとうれしそうに話していた。

 付き合ってないのにとびっくりしたけれど、自分も同じだ。期待を持たせるようなことをして、藤君を非難する資格はない。


「失恋から立ち直るには次の恋って言われたけど、どうしたら次に進められるのかな」

「まだ恭平さんが好きなままなんだ」

「恭くんのこと好きだったのかな」

「え?」

「あ、今のなし。恭くんにはもう栞さんがいるもん」


 もうすぐ曲が終わるので音量のつまみに指をかけて、曲が終わるに合わせて音量を下げる。梓がアナウンスを終えて、すべての機器のスイッチを切った。


「結婚したわけじゃないし、まだ望みゼロじゃないと思うけど」

「栞さんは今までの恭くんの彼女とは違うから」


 はじめて見たんだ。駅で栞さんと私を引き合わせたときの、得意そうに笑った顔を。

 私の知っている恭くんは、友だちや彼女といてもいつだってお兄ちゃんの顔だった。一目で恭くんにとって栞さんは特別な人だと感じた。

 努力したところで、きっともう何も変わらない。


「優斗君や自分の気持ちに向き合うって決めたけど、難しい」

「今まで他の男の子が入る隙間さえなかったしね」

「ほんとに」


 梓は少し考えてから、言った。


「次に進めないのは、恭平さんのことが果乃の中で本当に終わってないからじゃない?」




 その夜、自分のベッドに正座して、深呼吸の後電話をかけた。機械的な電子音が心臓に悪い。早く出てほしいような、出てほしくないような。

 電話の相手は5コール目で繋がった。


「恭くん、あのね――」

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