11(2)

「優斗君!」


 廊下の先で優斗君は振り返ったものの、何も言おうとしない。視線を合わそうとしない。


(これなら意地悪言われる方がマシだ)


「最初は友だちだけで遊ぶ話だったけど、帰りに駅で藤君たちと会って、一緒に遊ぶ流れになって……」

「別に俺に言い訳する必要なくない?」


 顔を見ないまま、言葉で突き放された。自分でも想像していたとはいえ、実際に言われると想像の何倍もきつい。

 今何を言っても優斗君に届かないようで、返される言葉にまた傷つくことになりそうで。話さなくちゃいけないのに、話すのが怖くなる。


「なら不機嫌そうにするなよ」


 居心地の悪い空気にそぐわない、ゆるい声が割って入った。

 隣を見ると、藤君は私ににっこり笑った。嫌な予感がする。


「拗ねるぐらいなら、好きになった理由も含めて告白し直した方がいいんじゃない?」


 ひぃっと喉の奥で悲鳴をあげる。


「言わないでって言ったのに!」

「こういうのはちゃんと言わせた方がいいよ」


 私がどんなに焦っても、藤君は平気な顔をしている。きれいな顔を憎たらしいと思うほどだ。


「今日は猫かぶってないんだ」


 その意地悪が、今はどの言葉よりも聞きたかった。


「この前は、緊張してたから」

「知ってる。果乃たちカラオケ何時まで?」

「6時前」

「バイト6時に終わるけど、その後話せる?」

「うん」

「カウンターの前のベンチで待ってて」

「待ってる」


 優斗君は少し笑って、キッチンの方へ戻っていった。

 K-POPが流れる廊下に私と藤君が取り残される。


「藤君、ありがとう」

「優斗口悪いけど、いいやつだから」

「うん、知ってる」


 優斗君のマネをすれば、藤君は柔らかく微笑んだ。



 ○



 みんなが帰り、ひとりでカウンターの前にあるベンチで待つ。

 あの後部屋に戻ると質問を浴びたけれど、「今はいじるのも微妙な時期だから」と藤君が場をなだめてくれた。友だちにはまた夜に説明することになった。


 優斗君が高校の制服に着替えてスタッフの入口から出てきた。


「話すのここでいい?」

「うん」


 優斗君はカウンターの女の子に話しかける。時間を話しているから部屋を取ってくれているようだ。


「店長にはおもしろがるから言うなよ」

「わかりました」


 優斗君は女の子から伝票をはさむボードを受け取る。優斗君の後について行って、さっきまでいた部屋と比べるとずっと小さな部屋に入った。

 優斗君は座るより先にテレビを消した。大勢でいた数分前までの騒がしさが嘘のように、ふたりだけの部屋はしんとした。

 失恋した日と同じように、直角のソファーにテーブルを挟んで座る。


「さっきはごめん」


 優斗君が謝る。でも、謝らないといけないのは私の方だ。優斗君が返事を聞かないのをいいことに、ぬるま湯に浸かって、ずるずると延ばしてきた。


「恭くんのことまだ好きだってわかってるから」


 続けられた言葉にどきっとする。優斗君に心を見透かされていたことに。自分のこれまでの言動に。


「返事まだでごめん。……恭くんの話ばかりしてごめん」

「恭くんの話は気にしてない、っていうか気にしないことにした。俺ははじめから、恭くんを好きな果乃を好きになったから」


 ストレートな告白に胸がぎゅっとなる。


「恭くんがって、あの人のことで笑って、怒って、泣くのを見てたら、真っ直ぐな気持ちを向けられている恭くんがうらやましくて、自分に向いてほしくなった」


 生まれてはじめて告白されて、どんな顔をしたらいいかわからない。心臓の鼓動がいつもより早い。


「それに、強引に返事させなかったのは俺の方だし。気にするならなかったことにしろって言っただろ」

「あのときはうなずいたけど、やっぱりなかったことにはできないよ。優斗君のこといい加減にしたくないもん」


 以前はすぐに断ろうとしたのに、今では優斗君のことを知って、友だちとは違う特別な存在になっていた。


「考えてくれてるんだ」

「考えてるよ!」


 こっちは真面目に答えようとしているのに、優斗君は八重歯を見せて笑った。


「試しで付き合ってみればいいのにって思うけど、10年も片思いするようなやつには無理か」


 照れくさそうにはにかむ。いつもはいきいきとからかってくるくせに、そんな顔見せるなんてずるい。


 ぬるま湯に浸かるのはもう終わり。

 ちゃんと優斗君に、自分の気持ちに、向き合いたいと思った。

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