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後ろから渡された答案用紙の上に自分の用紙を重ねて前に回す。
先生の終了の合図で教室は解放感でにぎやかになった。
今日は土曜日だというのに、模試を受けるために登校していた。
帰りのバスでみんなと問題の答え合わせをしているうちに駅前に着いた。これからいつものメンバーでカラオケに行くことになっていた。
「藤君たちだ!」
バスターミナルからカラオケ店に歩いている途中、由依がうれしそうな声をあげた。ビルの1階のファストフード店から、ちょうど藤君たちが出てきたところだった。彼らも模試だったのか制服を着ている。
「カラオケ行くの誘ってもいい?」
由依は今も藤君に片思いをしていて、みんなも応援しているので賛成する。
(今日優斗君はバイトかな)
優斗君にこの状況を言った方がいいのかな。でも、付き合っていないのに連絡して、別に言わなくていいのにという反応が返ってきたらきつい。
由依が藤君たちに話しかけに行って、みんなで遊ぶことになった。何度もスマホの画面を点けて、でも送れないまま店の前まで来てしまった。
カウンターでは女の子の店員が受付をしていた。優斗君だって模試を受けただろうし、今日は休みかもしれない。そう自分に言い聞かせても、優斗君に黙って男の子たちと遊ぶことに罪悪感があった。
ちょうど男子も6人いて、前回の合コンよりも広い部屋に12人が入った。
テーブルで2つのグループに分かれる配置で、どこに座ろうか迷っていると、「果乃ちゃんの隣座っていい?」と声をかけられる。恭くんのことで失礼なことを言ってきた男の子、輝君だった。藤君を通してアドレスを聞かれたまま放置していたことも思い出し、もうひとつ罪悪感を感じる。
直接連絡先を聞かれたら断りにくい。緊張している私に、輝君は「この前ちょっとしか話せなかったから」と、前回の合コンで私が帰ってからのファミレスの様子を教えてくれた。
「果乃ちゃんがめっちゃタイプだったから、また会えてうれしい」
うれしいことを言ってくれているのに。私はもし優斗君が部屋に入ってきたらどうしようと、ドアの方ばかり気になって仕方がない。
「この前言ってた好きな人とどう?」
「告白する前に終わった感じ」
「マジ!? じゃあ今気になる人いない?」
「その後告白みたいなのしてくれた人がいて、気になってる」
「早っ」
また地雷を踏まれた。そう思ったのは自分も気にしていたから。
「失恋してすぐ気になる人がいるってダメかな?」
「ダメじゃないと思う!」
輝君が慌てて言う。多分今の私真顔で聞いていた。顔の筋肉をほぐすのに両頬をグーの手で押さえる。
リンゴジュースの残り3分の1を飲み干す。部屋の中は蒸し暑くて、外の空気が吸いたい。「飲み物入れてくる」と笑顔を作って席を立った。
ドリンクバーに行くと先に藤君がドリンクを入れていた。コップ半分まで入れた緑色に別のジュースを入れている。
髪にパーマをあてていて、きれいな横顔に似合っている。恭くんのパーマはくせ毛で、雨の日は大変だって言っていた。
「藤君は今どれ入れたの?」
「これとこれ」
「おいしそう」
他にも藤君はドリンクの組み合わせを教えてくれた。今回はオレンジの炭酸とアイスティーを混ぜて、次は別の組み合わせにしようとレシピを覚えておく。
「優斗に教えてもらった。今俺らと遊んでるって、あいつ知ってるの?」
「まだ言ってない。やっぱりまずいかな」
「
「部屋戻ったら連絡する!」
スマホはバッグの中だ。直接言いに行くのが早いけれど、さっきもカウンターを通りかかったときいなかった。
「果乃ちゃんって、表情くるくる変わるよね」
「直したいんだけどね」
「優斗が言った意味わかった」
「優斗君、私の話するの?」
「俺が無理矢理聞きだすって感じだけど」
藤君なら知っているだろうか。
「優斗君はどうして私を好きになってくれたのかな」
「えぇー」藤君が脱力する。「優斗から聞いてない?」
「聞いてない」
あの日は突然のことで、ちゃんとした告白も理由もなかったし、私自身混乱して聞く余裕がなかった。それからも聞くチャンスはあったのに、今まで先延ばしにしている。
聞いてしまったら、進まないといけないから。
(優斗君は私のどこを好きになったんだろう)
だって会ってすぐなんて、恭くんのことをしゃべり続けるし、キレるし、泣きわめくし……。良いと思ってもらえるところがひとつも見つからない。
「あいつ何してんの」
うやむやになった発端ともいえる本人は苦笑している。
「今の話、優斗君には言わないで」
とにかくすぐにメッセージを送ろう。部屋のドアを開け、高校の制服とは違う後ろ姿に視線が吸い寄せられた。
「果乃、ポテト来たよ」
桃子の声にその背中が振り返る。一瞬目が合って、ふいと逸らされた。
料理をテーブルに置きながら男子たちに話しかけられるのを適当に返事して、空になったトレーを持って、不自然なほどこっちを見ずに横を通り過ぎた。
心臓がつかまれたみたいに痛い。
「ドリンク置いておくから」
入口付近に座っていた梓の声に、はっと意識を戻す。ありがとうと梓にコップを預けて、騒がしい部屋を飛び出した。
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