08(2)

 それぞれの楽器の音が合わさり、武道場をのみ込んだ。


 ベースを弾く手元に落とされていた顔が、前に向かう。マイクを通して響くのは、いつもの話し声よりもう少し掠れた歌声。カラオケで歌ってくれたときも上手だと思ったけれど、アップテンポの演奏と共鳴する歌声は観客を引き込むほどの魅力があった。


 2曲目はバラード、3曲目はロック。


 スタンドマイクに歌う真剣な顔。間奏を弾く無邪気な顔。歓声を受けてはにかんだ顔。

 ずっと優斗君を見ていた。目も、耳も、奪われた。




「かっこよかったね」

「うん」


 演奏が終わっても、藤君を好きな友だちはもちろん、いつもクールな梓まで熱が冷めないみたい。

 私は夢から覚めたばかりのように頭がぼんやりしていた。歌声がまだ耳に残っていた。


 そのまま2組のバンド演奏を見たけれど、優斗君たちのバンドは群を抜いていたように思う。


「そろそろここ出る? まだ見たい人いる?」

「大丈夫」

「見れてよかったあ。付いてきてくれてありがとう!」

「かっこよかったー! 藤君たちの演奏のときが一番人多かった」

「この後どうしようか」

「だいたい周ったかな」


 もうみんな満足したので、キタ高を出て座れそうな店に入るという話になった。 


 武道場から入場門の間に中央駐車場があり、あちこちのテントではまだ行列を作っていた。

 2年3組のテントを通りかかると、優斗君が出来上がったやきそばをパックに入れていた。

 会計をしていた女の子が優斗君に話しかける。優斗君はその子に返事した後、後ろでやきそばを食べていた男子たちに何か言っている。学校でもいじめっこキャラなのかな。


「女子高も楽しいけど、共学も憧れるなあ」


 同じようにテント村の方を見ていたさゆりが言うと、わかるわかる、という雰囲気になる。


「学校来るだけで出会いあるとかずるい」

「文化祭の後夜祭で告白とか、少女マンガみたいな体験もしてみたい!」

「同じクラスだとイベント一緒に楽しめるのはいいけど、別れたら気まずくない?」

「つら。共学の人たちどうしてんの」


 私も武道場に行く前、校舎を歩きながらもし優斗君がクラスメイトだったらと少し妄想したけれど。

 武道場でバンド演奏を、今だってテントで優斗君と女の子が話しているのを見て、胸がざわざわしていた。

 優斗君にも私の知らない優斗君の日常があって、そこには私の知らない人たちがたくさんいる。もちろん女の子だって。そんな当たり前のことを、今日文化祭に来るまで考えもつかなかった。


「帰る前に優斗君に会わなくていいの?」

「忙しそうだからいいや」


 梓と小声で話して、視線を入場門に向ける。

 胸に生まれた感情の名前を探すのはまだためらわれる。先延ばしにするのがよくないことだとわかっているのに、今は目を逸らした。

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