08
入場門でパンフレットをもらった。企画の宣伝やイラストでにぎやかな紙面を見ながら、どこから周るかを相談する。
「バンド演奏は12時30分からだけど、クラスで焼きそば売るんだって」
「じゃあこの2年3組かな。場所は中央駐車場」
桃子が言うように私もパンフレットを確認すると、焼きそばのクラスは2年3組だけだった。藤君と優斗君は同じクラスらしい。
「クラスの方は11時から11時半まで当番って言ってたから、今から行ってもいい?」
11時にキタ高前に集合したため、藤君はちょうど今当番に入っている。今回は由依が藤君に会うのがメインなので、みんな賛成して駐車場に向かった。
中央駐車場には模擬店のテントが並んでいて、そばを通るとおいしそうな匂いがする。クラスでおそろいのTシャツを着て、青春の見本みたい。学校に女子と同じくらい男子がいる風景が、中等部から女子校の私たちには新鮮だった。
2年3組のテントは駐車場の奥の方にあり、藤君は会計を担当していた。
「藤君、遊びに来たよ」
「来てくれてありがとう」
由依が話しかけると、藤君はゆるい笑みを浮かべる。藤君と初対面の芹那とさゆは「顔が良い」と小声でつぶやいていた。
テントに優斗君の姿はなくて、校内のどこかを周っているのかもしれない。今日私が文化祭に遊びに行くことは優斗君には伝えていなかった。
色々食べたいから半分こずつしようという話になり、私も梓と分けるのにひとつやきそばを注文した。
代金を藤君に支払うときに、「バンドがんばって」と伝える。
「ありがとう。優斗は今武道場の手伝い行ってるから、果乃ちゃん来たって伝えとく。緊張して歌詞飛んだりして」
「優斗君歌うの?」
目を見張る私に藤君は不思議そうに尋ねる。
「優斗から聞いてない?」
「聞いてない」
「じゃあ優斗には内緒にしよう」
藤君の隣にいた女の子からやきそばのパックを受け取ったときに、ばちっと目が合った。「ありがとうございました」と笑顔で言われ、「ありがとうございます」と私も返した。
ほかに食べものを買うのに中央駐車場を歩きながら、パンフレットを読み直す。武道場のイベントの12時30分の枠に『Star Driver』と書いてあった。
バンドの名前もあるぐらいなら、この前遊んだときに教えてくれてもよかったのに。少し不満だったけれど、私もバンド演奏を見るのが楽しみだった。
焼きそばのほかに揚げたこやチュロスを買ってグラウンドに下りる階段で食べた後、時間まで校内のイベントや展示を周った。
キタ高は武道場が1階、体育館が2階と同じ建物にあった。武道場に10分前に着くともうたくさんの人が入っていて、私たちは壁際で人の頭の間から舞台を見ることになった。
「今年は藤君たち何弾くのかな」
「優斗君に聞いても教えてくれなかった」
「先月体育祭の打ち上げでカラオケ行ったけど、やっぱ優斗君歌上手だった」
前の列の女子たちも、次の優斗君たちのバンド目当てで来ているらしい。優斗君の名前が出てきて、胸がどきっとした。
前のグループの演奏が終わった。拍手や指笛に手を振りながら、男子4人が端に下がる。
それから入れ替わるように優斗君たちが出てきた。優斗君は早速自分の黒のベースにアンプを付ける。藤君はギター。ドラムの人の髪は照明を受けて金色に近い茶髪だった。3人とも慣れたように手際良く準備している。
準備が終わって藤君がマイクを持った。
「こんにちはー。『Star Driver』です」
返すように男女混ざった歓声があがる。「2の3のやきそば食べに来てね」と藤君はちゃっかり宣伝していた。
「今から歌うのは――」
1曲目は以前ビルのスクリーンで流れていたバンドの曲で、2曲目は知り合いに作ってもらったオリジナルとのこと。3曲目は知らない曲だった。
演奏する曲の説明を終えて、藤君がマイクをスタンドに戻したときの低い反響音が合図のように、周りの話し声が止んだ。
それぞれの楽器の音が合わさり、武道場をのみ込んだ。
ベースを弾く手元に落とされていた顔が、前に向かう。マイクを通して響くのは、いつもの話し声よりもう少し掠れた歌声。カラオケで歌ってくれたときも上手だと思ったけれど、アップテンポの演奏と共鳴する歌声は観客を引き込むほどの魅力があった。
2曲目はバラード、3曲目はロック。
スタンドマイクに歌う真剣な顔。間奏を弾く無邪気な顔。歓声を受けてはにかんだ顔。
ずっと優斗君を見ていた。目も、耳も、奪われた。
「かっこよかったね」
「うん」
演奏が終わっても、藤君を好きな友だちはもちろん、いつもクールな梓まで熱が冷めないみたい。
私は夢から覚めたばかりのように頭がぼんやりしていた。歌声がまだ耳に残っていた。
そのまま2組のバンド演奏を見たけれど、優斗君たちのバンドは群を抜いていたように思う。
「そろそろここ出る? まだ見たい人いる?」
「大丈夫」
「見れてよかったあ。付いてきてくれてありがとう!」
「かっこよかったー! 藤君たちの演奏のときが一番人多かった」
「この後どうしようか」
「だいたい周ったかな」
もうみんな満足したので、キタ高を出て座れそうな店に入るという話になった。
武道場から入場門の間に中央駐車場があり、あちこちのテントではまだ行列を作っていた。
2年3組のテントを通りかかると、優斗君が出来上がったやきそばをパックに入れていた。
会計をしていた女の子が優斗君に話しかける。優斗君はその子に返事した後、後ろでやきそばを食べていた男子たちに何か言っている。学校でもいじめっこキャラなのかな。
「女子高も楽しいけど、共学も憧れるなあ」
同じようにテント村の方を見ていたさゆりが言うと、わかるわかる、という雰囲気になる。
「学校来るだけで出会いあるとかずるい」
「文化祭の後夜祭で告白とか、少女マンガみたいな体験もしてみたい!」
「同じクラスだとイベント一緒に楽しめるのはいいけど、別れたら気まずくない?」
「つら。共学の人たちどうしてんの」
私も武道場に行く前、校舎を歩きながらもし優斗君がクラスメイトだったらと少し妄想したけれど。
武道場でバンド演奏を、今だってテントで優斗君と女の子が話しているのを見て、胸がざわざわしていた。
優斗君にも私の知らない優斗君の日常があって、そこには私の知らない人たちがたくさんいる。もちろん女の子だって。そんな当たり前のことを、今日文化祭に来るまで考えもつかなかった。
「帰る前に優斗君に会わなくていいの?」
「忙しそうだからいいや」
梓と小声で話して、視線を入場門に向ける。
胸に生まれた感情の名前を探すのはまだためらわれる。先延ばしにするのがよくないことだとわかっているのに、今は目を逸らした。
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