第2章

06

 バスターミナルの短い横断歩道を渡り、駅の入口脇の大きなもみの木を目指す。

 東君が先に花壇の縁に座って待っていた。私に気付き、イヤホンを外して立ち上がる。

 生徒手帳のことで声をかけられた日はポロシャツだったけれど、今は紺のブレザーを着ている。私も深緑のダブルダウンに衣替えした。周囲もカーキーやブラウンなど秋の色のファッションが増えた。


「どっか入る?」

「このクーポン使いたい」


 アプリからファストフードのクーポンを見せると、わかったと二つ返事で行き場所が決まった。映画を観に行った日もそうで、何かを決めるときに気を遣う必要がない。

 男の子はこういうものなのかと思ったけれど、弟の祐輔は優柔不断なところがある。恭くんは私の行きたいところを優先してくれる。恭くんが楽しんでくれるところがいいから、私の方が考え込んでしまう。


 大きな道路の信号を待っていたら、ビルのスクリーンで新曲のMVミュージックビデオが流れていた。女性の歌手の曲が終わり、違う曲に切り替わる。優斗君が以前買ったアルバムのバンドだ。


「ねえ、東君」


 東君もスクリーンを見上げていて、呼びかけると顔をこちらに向けた。


「俺の下の名前覚えた?」

「優斗君」

「そう呼んで」


 無邪気な表情にどきっと胸が鳴った。


「なに?」

「優斗君に教えてもらってからMV色々見てるけど、この歌が一番好きかも」

「歌詞がいいよな」

「ね。この前買ったアルバム貸してくれない?」

「次会うとき持って来る」


 ファストフード店はそのスクリーンのビルに入っている。私は飲み物とポテトを、優斗君はハンバーガーのセットを注文した。よく食べるなあと驚く。

 席は壁側の2人席に座った。4人席よりも気兼ねなく長居できるから。


「来週はカラオケ行こうよ。またリクエストしたい」

「今度は果乃も歌えよ。来週は文化祭の準備あるから、再来週でいい?」

「わかった」


 自分の声が残念そうに聞こえて、慌てて「クラス何するの?」と尋ねる。


「やきそば」

「いいね。花火大会とか、お祭りでいつも焼きそば食べたくなる」

「クラスに麺好きのやつがいて。果乃の高校の文化祭はいつ?」

「9月の最初に終わった」

「早いんだ。何した?」

「和風喫茶。団子おいしかったよ」

「食べてばっかだったんじゃねえの?」


 ハンバーガーの包み紙を丸めながらにやっと笑う。いじめっこの登場だ。


「当日は放送部が忙しかったし、クラスの出し物は準備がんばった!」


 スマホで文化祭の写真を探し出し、優斗君に見せる。


「この壁に貼るメニュー表は、私とこの子で作ったの」

「浴衣?」

「和風っぽくするのに浴衣着ようってなって」


 写真には私と梓がメニュー表の端をもって写っている。私の浴衣は白地にピンクと紫の朝顔の柄。胸元までのびた髪をかんざしでアップにまとめている。梓は赤の格子こうしのレトロな浴衣で、このまま浴衣の販売店のサイトに載せられそうなぐらい似合っている。


「へえ。似合う」

「でしょう。梓は部活も同じで一番仲良いんだ。見た目も中身もクールビューティーなの」

「ほんとだ。美人」


 今気づいたかのようなトーンにまたたきする。


(さっきの「似合う」は私のこと?)


「放送部は何した?」

「先生とかゲストを招いてインタビューしたり、音楽流したり、ラジオみたいで楽しかった」


 恥ずかしくて聞けないけれど、時間差で胸がどきどきしてきた。


「優斗君は部活入ってないんだよね。軽音部入らなかったの?」

「軽音部ないから」

「歌うまいのにもったいない」

「どうも」


 優斗君はもくもくとポテトを食べる。そっけない返事は照れ隠しが混ざっているとわかるようになった。


「兄貴がピーに新しいネタ覚えさせた」

「見たい」


 優斗君が飼っている鮮やかな黄色と緑のインコは、単純に鳴き声から名前を付けられたらしい。優斗くんは二人兄弟で、5才年上のお兄さんがピーに色々と芸を仕込んでいる。今回は最近ブームの芸人のネタをピーがマネした動画を見せてもらった。


「賢いなあ」

「昨日藤が遊びに来て、俺よりも賢いって言ってきた」

「仲良し」

「藤のこと気になる?」

「私の友だちが藤君のこと好きなの。脈なしっぽいって言ってたけど」

「そんなことかよ」

「そんなことって、友だちにとっては大事なことだから。あ、藤君に内緒ね」

「言わんし」


 悪口や意地悪を言ったわけでもないのにむっとした顔。違う、気まずそうなんだ。

 その表情を見て、以前藤君と連絡先を交換しようとしたときにショルダーバッグをひっぱられたことを思い出す。


「私が藤君のこと気になってると思った?」

「……思った」


 耳の赤さが私までうつりそう。

 心を落ち着かせようとジュースのストローに口をつけた。

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