05(2)

 物産展の後はCDショップに向かった。百貨店から隣の駅ビルに異動し、エスカレーターでさらに上の階に行く。

 途中の階の雑貨売り場に見覚えのある男の子を見かけた気がした。


「藤君いたかも」

「げっ」


 隣に立つ東君がきょろきょろと見渡したときには、くだりのエスカレーターに遮られて下の階は見えなくなっていた。

 そんなに私といるところを見られたくないんだとむっとして、でも、と自分の行動をかえりみる。私だって映画館で知り合いに会わないか気にしていた。いつの間にか周りを気にするのを忘れていた。


「ほんとに藤だった?」

「あんなきれいな顔そういないよ」

「小さい頃よく女子に間違われてた」

「昔から仲良い?」

「保育園からの腐れ縁」

「へー」


 この前の合コンで由依が藤君のことを好きになって、情報収集するチャンスと気合を入れる。


「女の子と歩いてたけど、彼女いるの?」

「……多分、友だち」


 東君は言いにくそうに答える。


「まだ友だちだけど、そのうち付き合いそうな感じ?」

「それはない」


 後ろ姿は距離が近かったように思えたのに、今度はきっぱりと答えた。とりあえずまだ付き合ってないなら由依にもチャンスがある。


 音楽が聞こえてきて、CDショップのある階に到着した。


「何か買うの?」

「アルバム」


 あった、と東君がロックの棚から面出しして飾られていたCDを取る。


「バンドの名前聞いたことあるけど、曲は聞いたことない」

「去年のロックフェスで知ってから聞くようになった」

「ロックフェス行きたいな。このアルバムでおすすめの曲はどれ?」

「俺が好きなのは――」


 優斗君はスマホで動画サイトを検索して、MVを小さな音量で流してくれた。その失恋ソングは聞き覚えがあった。


「これ、カラオケで歌ってくれたやつだ。あの日泣きすぎて曲名覚えてなかったから気になってたんだ」


 歌の1番まで聞き終えて、「後でちゃんと聞く」と私もバンドの公式チャンネルを登録した。

 ふたりとも知っている歌手なら好きな曲を話したり、片方が知らなければおすすめの曲を教えたり、音楽が好きな者同士でCDショップでも話は途切れなかった。話すことがなくなったらどうしようと心配していたのが嘘みたいに。


 東君はCDを買うのにレジに行き、私は入口で待っていた。

 時間的にここを出たらそのまま帰ることになりそう。学校も違うし、もう会うこともないのかな。でも、これでばいばいというのは少し寂しい。そう思うぐらい、今日は楽しかった。


「果乃ちゃん」


 藤君がこちらに歩いて来る。少し離れたところでさっき藤君といた女の子がCDを見ている。


「ひとり?」

「ううん。今CD買ってる」


 東君と藤君は仲良いみたいだけれど、藤君は今日私と東君が遊んでいるのを知らないみたいだった。さっきの東君の反応からしても言ってないだろう。


「この前遊んだ中にいたひかるが果乃ちゃんのこと気になってるらしくて、連絡先教えるのダメ?」


 そういえばそんな話あったな。教えたくないけれど、藤君の友だちなので正直に断りにくい。

 返事に困っていると藤君にも伝わったらしい。


「じゃあ俺と交換しておいて、よくなったら教えていい?」

「でも、後ろにいる彼女はいいの?」

「彼女じゃないよ。友だち」

(にらまれてるんだけど)


 本人は全く気にせずスマホを出すので、私もスマホを差し出そうとした。

 突然後ろからショルダーバッグを引かれ、反動で一歩さがる。驚いて振り返れば、引っ張った犯人は東君だった。気まずそうな顔でひもの部分から手を離す。


「今のなし」


 藤君は訳知り顔で笑い、スマホをズボンのポケットに戻した。


「ユウトがやきもちやくからやめておくか。ばいばい」


 藤君が女の子に声をかけると、女の子は文句を言って腕を絡める。やっぱり彼女じゃないの。


(この微妙な空気どうしたらいいの)


「行くぞ」


 歩きだした東君の背中を追う。後ろから少し赤い耳が見えて、つられて私も顔に熱が集まる。エレベーターを待っていても、当然さっきみたいに会話が弾まない。

 沈黙に先にしびれを切らしたのはあっちだった。


「普通にしろ」

「無理!」


 意識するに決まっている。さっきの行動は、まるで私の連絡先を藤君に教えさせたくないみたいじゃないか。


「まだ言うつもりなかったんだよ」


(東君が私のことを好きみたいじゃないか)


「嘘だ」


 信じられなくて思わずつぶやくと、むっとした顔でにらまれる。


「果乃も大概失礼だよな」

「だって、意地悪言うし」

「つい」


 ついって、その軽さにも驚きだけれど。


「でも、私」

「あの人のこと好きだってわかってるから」


 後を継ぐように言って、東君は私と向かい合う。


「俺の下の名前知ってる?」


 話が変わって一瞬ぽかんとする。下の名前は、さっき藤君が呼んでいた。


「ゆうと。東優斗ひがしゆうと


 真面目な表情が少し緩む。


「名前も知らなかったんだ」


 私は知らない。東君の趣味も、好きな食べものも、どうして私を好きになってくれたのかも。


「まずは俺のこと知って。返事は今じゃなくてそれからにして」


 それでもためらうと「気にするならさっきのはなかったことにしろ」とダメ押しされて、私はおずおずとうなずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る