05(1)

 日曜日の映画館は混んでいた。券売機でチケットを買うとき、すでに真ん中の見やすい席は埋まっていて、後ろの列の左側の席を選んだ。


 これから見る刑事ドラマの劇場版は、主役の熱血タイプと冷静タイプの性格が真反対のふたりが、連続殺人事件を解決する話らしい。おもしろいし視聴率もいいのに、恋愛ものじゃないからか、仲の良い友だちの中で見ている人は他にいない。


 私がドラマを見はじめたきっかけは、恭くんがおもしろいと言っていたからだ。劇場版もCMで気になっていたけれど、まさか恭くん以外の男の子と観に来ることになるなんて思わなかった。


 しかも会ったのはまだ3回、その内1回は大泣きをさらしている。だからこそ今さらつくろう必要も緊張も全然ないし、向こうも遠慮がない。


「塩とキャラメルどっちも食べたい」

「太るぞ」

「女子に太るは禁句だと思う!」


 売店でポップコーンの味を迷っていると失礼なことを言われた。言い返せば八重歯をのぞかせて笑う。笑顔がかわいかったりするからなんだか憎めない。


「俺塩にするから、キャラメルにすれば」

「やった」


 東君がポップコーンとドリンクの乗ったホルダーを持ってくれて、私たちは席に着いた。周りを見渡してみても知っている人はいない。


「どした?」

「ううん。あ、劇場版の主題歌は聞いた?」

「一昨日ミュージックビデオアップされたから」

「主演2人が出演しててかっこよかったよね」


 上映時間になり、照明が落とされる。携帯がマナーモードになっているかもう一度確認して、視線をスクリーンに移した。




 劇場版もドラマと同じく脱力系のコメディタッチで話が進みながら、刑事たちの粘り強い捜査によって犯人の完璧なアリバイが崩れ、切ない過去が明かされるところはどきどきした。

 エンドロールも最後まで聞いてから、私たちは電気が点いたシアターを出た。


「おもしろかった」

「アクションシーン迫力あったね。課長もあんなに強いとかびっくりした」

「それな。このドラマ、主役もいいけど同じチームの人たちもいいキャラしてるんだよな」

「それと、犯人の動機が今回も切なすぎた!」


 ロビーに出て、この後どうするんだろうと思っていると、「この後行きたいところある?」と東君に聞かれた。


「東君はある?」

「駅ビルでCD買いに行きたいぐらい」

「それなら、今駅の百貨店で物産展してるから行きたい」


 スマホでサイトを見せると、東君も「おもしろそう」と興味を持った。

 映画館を出て駅の方に戻り、百貨店のエスカレーターでそのフロアに到着すれば、活気のある声が飛び交っていた。


「ご試食いかがですかー?」

「新鮮だよ! 食べてって!」


 おいしそうな魚介類やスイーツに惹かれて足を止めると、店の人たちがどんどん試食を渡してくれる。

 私たちはソフトクリームを買って、飲食できるスペースで座って食べることにした。


「試食だけでもお腹いっぱい。夜ごはんいらないかも」

「でも、それも食べるんだろ」


 東君が私の隣の紙袋を指さす。中には大好きな生チョコレートの箱が入っている。


「これは別腹。めったに買えないもん」

「3箱も?」

「恭くんも好きだから、ひとつは隣の家にあげる」

「へー」


 いじめっこをひとにらみして、ソフトクリームを食べる。ミルクの濃厚な味がした。


「おいしいー」

「合コンのメンバー、まだ果乃がおしとやかって騙されてるぞ」


 梓にも見た目と中身にギャップがあるって言われたけれど、悪意があるわけじゃない。


「騙してない。あの日は緊張してたの」

「なんで?」

「だって、男の子と何話したらいいか思いつかない」

「今話してるじゃん」

「東君にはもう恥ずかしいところ見せたから、今さら取り繕う必要ないし」

「開き直りか」


 東君が呆れたように笑う。


「恭くんの前でもそんな感じ?」

「恭くんの前では気を付けてるよ! 大口あけて食べないようにしたり、恭くんはずっと年上だから、私も大人っぽく見えるように化粧も覚えたり……。もう意味ないけど」

「覚えておくのは無駄じゃないだろ」


 その言葉に落ち込みかけた心を持ち直す。東君の言う通りだ。おしゃれをすると気分が上がるし、友だちにも化粧を教えてって言われたこともある。

 恭くんの話が出てきたところで、金曜日の出来事について改めてお礼を伝えた。


「金曜日はありがとう。駅で東君に呼ばれなかったら動けなかった」

「もうふっきれたわけ?」

「まだ恭くんのことが好きだけど、思ったよりへこんでない。昨日恭くんと彼女さんが家に来てくれて、彼女さん良い人そうだった」


 私は恭くんが大好きだけれど、年の差のせいにして告白するのを先延ばしにしていた。だから栞さんが私と年があまり変わらなくて、よけいにショックだった。

 昨日ふたりが家に来てくれて、お互いを大切にしているのが見てればわかった。お似合いだと思った。


「それに、東君の前で思いっきり泣いたからだと思う。カラオケも楽しかった」


 ありがとうともう一度言うと、どういたしましてとぶっきらぼうに返された。

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