03(2)

 室内に沈黙が落ちる。高ぶった感情が冷めるにつれて、今度はいたたまれなくなってきた。

 ソファーに座り直してうなだれる。会ったばかりの人に八つ当たりしまうなんて。


「ごめん」「悪い」


 謝罪が重なった。東君は罰の悪そうな表情で、短い髪の毛をくしゃりとかきまぜる。


「直球すぎるとか、デリカシーないとか、女子に言われる。そんな泣きそうな顔して、簡単な気持ちなわけないよな」


 ささくれだった気持ちがふっと緩み、こらえる間もなく涙がこぼれ落ちた。


「ごめん。泣くつもり、なかったんだけど」


 スカートのポケットからハンカチを取り出していたら、「別に、いい」と正面から静かな声が届く。


「気が済むまで泣けばいい」


 泣くことを許されて、伝えられなかった想いを吐き出すように声をあげて泣いた。

 東君は私が泣き止むまで黙って部屋にいてくれた。




 ぐずっと鼻をすする。ようやく気持ちが落ち着いてきた。明日目がれないように、家に帰ったら冷やさないといけない。


「こんなに泣いたの久しぶり」

「俺もこんなに泣く人見るの久しぶり。あ、知り合いの赤ん坊がいた」


 東君はにやりと笑う。私は赤ちゃんと同じレベルとでも言いたげだ。

 ちょっとにらんでから、カラオケのリモコンとマイクをテレビ台に取りに行く。


「歌う気?」

「お金もったいないから歌う」


 この際失恋の歌ばかり選んでみよう。2本のマイクの片方を東君に渡した。


「東君も歌って。失恋の歌ね」

「自分で傷口に塩ぬらなくても」

「ジャンケン」


 ポン、で私はパー、東君は慌ててグー出した。


「東君から」

「失恋の歌って……」


 渋々といった感じでリモコンで曲を探している間、自分も何を歌おうと考える。


 東君がリモコンを私の方によける。テレビの画面が切り替わる。

 東君が最初に選んだのは、この前ライブの話で盛り上がったバンドの曲だった。

 話し声よりも少し掠れた声が、もうそばに恋人はいないけれど、出会えてよかったとあの頃を思い出す切ない歌詞を歌う。


 歌い終えて東君はこちらを振り向き、ぎょっとした顔になった。


「なんで泣いてんの!?」

「胸に染みたー」

「焦った」


 私は予約していた曲を取り消し、違う曲を検索して東君にリモコンの画面を見せる。


「これ歌える?」

「歌ったことあるけど、そっちは歌わねえの?」

「今は聞きたい気分」

「やだよ。疲れる」

「さっき泣かされた」

「歌わせていただきます」


 次の曲もやっぱり上手で、胸に響いてまた涙が出てきた。「歌いづらい」と東君は文句を言っていたけれど、他にもリクエストすると歌ってくれた。

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