01(2)
自分たちの部屋に戻ると、最初の席と並び順がだいぶ変わっていた。2つ席が並んで空いていて、ドアに近い方に座る。
「ごめん! 誰かのバッグ倒した」
みんなの荷物をまとめておいていたスペースで、男の子は黒のスクールバッグを持ち上げる。シロクマのキーホルダーをつけているのは私のだ。
「私のです」
「何も落ちてない?」
バッグを受け取りに行く。チャックは閉めてある。スマホは持っている。
「大丈夫みたい」
バッグを元の場所に置いて席に戻ると、落とした男の子がそのまま隣に座った。
それから入っている部活や休日の過ごし方と、あっちから話題を振ってくれる。輝君も顔がかっこいいし、学校でモテそうだなと思う。
「果乃ちゃんって好きな人いる?」
「うん」
「同じ学校、って女子高か。昔の同級生とか?」
「近所のお兄ちゃん」
「何才上?」
「12才」
「マジ?」
年齢差を話すとだいたい同じ反応をされる。慣れたけれど、いつももやっとする気持ちが生まれる。
「そんなに年離れた人より、年近い方が楽しくない?」
今度こそ愛想笑いがひきつった。完全に地雷を踏まれた。
(恭くんはあなたよりかっこよくて優しくてこんな失礼なこと絶対言わない)
部屋のドアがノックされて、さっき会った店員が料理を持って入ってきた。「ポテト食べたかったんだー」と無理やり話題を切り上げる。もう帰りたい。恭くんに会いたい。
「ユウトも歌う?」
「バイト中」
輝君が話しかければ、すべての皿をテーブルに置いた店員はさっきの丁寧な口調と違ってそっけなく答える。友だちらしい。
制服の胸ポケットについている名札に『東』と書かれていた。
男子たちは自分たちの学校の話をはじめて、こっちの会話が中断された。愛想笑いをする気力もなくなったからちょうどよかった。かわいい歌声に耳を傾けながらフライドポテトをつまむ。
「俺らの学校、果乃ちゃんみたいなおしとやかな子いないよな」
突然輝君に自分の名前を出されて
そろりと目線をあげると、店員と目が合った。
「そうだな」
棒読みに加えて、はっ、と鼻で笑ったように見えた。この人には帰りたいと叫んでいたところを見られたばかりだ。
気まずいのと腹立たしいのとで
「私も歌おうかな」
テーブルに置かれていたリモコンを取り上げて、会話から退場するように歌う曲を探した。
○
カラオケの後、ファミレスに行くというみんなと別れて家へと急いだ。
「おかえり」
「ただいま!」
恭くんが出迎えてくれて、合コンでのもやもやが吹き飛んだ。だって久しぶりなんだ。目の前に大好きな人がいるのに、それ以外のことを気にしていたらもったいない。
隣に住んでいるものの、恭くんは今年から転勤で職場が遠くなり、朝は早く出て夜は遅くに帰ってくる。以前は時間が合えば駅まで送り迎えしてくれたのに、それもなくなってしまった。
恭くんとお母さんと
お父さんはまだ帰って来てなくて、テーブルのお父さんの席に恭くんが座っている。私も急いで制服からかわいいルームウェアに着替えて、恭くんの向かい側の自分の席に座った。
柔らかそうな黒髪、端整な顔立ち。今は座っているけれど身長も高い。
今日遊んだ男子たちも顔が整っていたり、おしゃれだったり、多分高校でモテるグループなんだろう。でも私には恭くんがダントツでかっこいい。
「恭くんがうちでごはん食べるの久しぶりだね」
「転勤してから初めてかも。今晩親がレイトショー行って、夕飯どうしようかと思ってたら、
「今日お隣に回覧を持って行ったときに聞いたの」
お母さんありがとう、と心の中で感謝する。私の家族は、おじいちゃんとおばあちゃんも含め、みんな私が恭くんを好きだと知っている。それが恋愛感情の好きということは、お母さんと祐輔しか気付いてないけれど。
「希実さんたちにはさっき聞いたんだけど、果乃は今週の土曜日予定ある?」
「ないよ!」
週末は何も予定がない。あったとしても、恭くんの約束を優先する。
土曜日も会えるのかな。頬を緩めて答える私に、恭くんははにかんだ表情で爆弾を落とした。
「みんなにも会わせたい人がいるんだ」
幸福から一転。底のない穴に突き落とされて、どこまでもどこまでも落ちていくような気分だった。
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