遠回りランデヴー

森野苳

第1章

01(1)

 カラオケ店の一室の前。ドアのガラスの部分から部屋に男の子たちがいるのが見えて、今すぐに帰りたくなった。


(だまされた)




 私が通う女子校は校風がそれほど堅くなく、私には女子ばかりなのは気が楽だ。

 逆に言えば男子との出会いがないということ。しかし、青春まっただなかの女子たちがそんな境遇きょうぐうを仕方ないとあっさり受け入れるはずもなく。

『出会いがないなら作るしかない!』をスローガンに、私の友だちは積極的だ。


 つまり、これから部屋ではじまるのはいわゆる合コンなのだろう。カラオケの誘いにすぐにうなずいた数時間前の自分を恨む。

 あずさが他の友だちに続いて部屋に入ろうとしたのを、腕をつかんで引きとめた。


「男の子もいるなんて聞いてない」

「言ったら果乃かの来ないから」

「確信犯ですかそうですか」

「果乃に黙っているように頼まれたの。適当に楽しんだら?」

「その適当が難しいの!」


 今まで合コンに誘われても全部断っていた。男子と話す話題なんて思いつかないし、気を遣ってはしゃげないし。

 それに、出会いを作らなくたって、私にはずっと好きな人がいる。




 男の子が流行りのJ‐POPを歌う。音程よりノリで歌っているとか気にしちゃいけない。周りに合わせてがんばってテンションをあげつつ、自分だけのれていないような疎外感そがいかんがあった。

 次の曲がはじまったところで、隣から曲を入れるリモコンを差し出された。


「果乃ちゃん歌う?」

「私はもういいかな。他の人に回してあげて」


 最初の方でみんながよく知っている曲を歌った。ドアを開けるまではたくさん歌うつもりだったのに、今日はもうそんな気分じゃなくなった。


「こういうの来るのはじめて?」

「あ、うん」

「無理矢理連れて来られた感じ?」

「え!? 違うよ!」

「ふはっ。大丈夫、他のやつらには秘密にするから」


 みんなの前なので慌てて否定しようとしたけれど、見抜かれていた。


「じゃあ、今日参加してよかった」


 男の子は私を見つめてゆるく微笑んだ。ふじ君だっけ。かっこいいというよりもきれいな顔立ち。

 藤君は周りと話しながら、はしに座る私にも話しかけてくれる。余裕があって慣れていると感じる。

 きょうくん一筋の私でも、今のはドキドキしてしまった。


(遊んでそう)


 そんな失礼なことを思いつつ、ジュースをちびちびと飲みながらみんなを眺めて過ごしていた。

 そのうち誰かがドリンクバーやトイレに席を立つと、そのタイミングで違う誰かがその席に座りだした。

 手に持っていたスマホが震える。メッセージはななめ前に座る由依ゆいからだった。


[藤君のとなり座りたい!]


 スマホを両手で挟むようにお願いのポーズをとる友だちに、親指を立てる。それからハンカチとスマホを持って、部屋の外に出た。




 廊下の天井に取り付けられたスピーカーから好きなロックバンドの曲が流れている。口ずさみながらトイレから部屋まで遠回りして歩いていると、またスマホが震えた。


[今日の夕飯は恭平くん来るよ]


「ええ!」


 お母さんからのメッセージを見て思わず足を止める。


「もう帰りたい! 恭くんに会いたい!」


 今すぐ帰れるなら、買い物だってお手伝いだって喜んでする。


「あの」


 人がいないと思っていた廊下で自分以外の声が聞こえて振り返る。

 店の制服を着た短髪の男の子が料理をのせたトレーを持って後に立っていた。


「すみません、ドア開けてもいいですか」

「あ、ごめんなさい」


 私が立っている場所はドアを開けるのに邪魔だった。横にどくと、店員は小さく頭を下げてドアを開ける。音が洪水こうずいのように廊下に流れてきた。

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