12時間ルール

1

第40話

『十二時間ルール』



それは四年前にたった一度だけ発動されたことがある、リョウとハルが作り出したルールだ。


ほんとうに久々だったので、ハルは自分の耳を疑った。



ルールとして、それを発動できるのはリョウのみ。


ハルは従うのみ。


アンフェアな感じがしないでもないが、ハルがそれでいいと決めたからそうではない。




何故それが発動されるのか。


ハルはリョウに、理由を訊ねてはいけない。




それは文字通り、発令されると十二時間までが有効期限となる。


十二時間が過ぎれば、それは発令されたこと自体、忘れ去られなければならない。


ないない尽くしではあるが、本当にアンフェアではない。






リョウはふ――っ、と長く、ゆっくりと息を吐く。


ソファの端にひじ掛けにもたれて座り、手にした琥珀色の酒の入ったグラスを焦点の合わない目で見つめ、ぼんやりと考えている。



池から戻るとすぐ、リョウはハルによって部屋風呂に押し込まれた。


「ちゃんと温まるんだぞ?」


湯船につかって、先ほど池のほとりで自ら発した言葉をぐるぐると考えていたら、本気でのぼせそうになった。


昨日から感情がFXチャート表みたいに、乱高下を繰り返している。



やっぱり、なかったことにしようって言おうか?


自分から言い出したことを今更撤回したら、何て思われるだろうか。


すごく驚いていたけど、ハルは何をどう思っただろうか。



自己嫌悪と後悔で、消えてしまいたくなる。


グラスの中には、ワンショット分のマッカラン。


リョウが風邪気味だからと言って、彼女が入浴中にハルが葛西から強奪してきたものだ。



未開封のボトルを風呂上がりのリョウにぐいと押し付けると、入れ替わりハルは風呂に入って行った。



(十二時間ルールだなんて……たった一回しかない機会を、あの時なんで名付けておいたかな……)



もう二度とないと思っていたものに。






「十二時間だけ。半日が過ぎたら、それ以前十二時間のことは何もなかったことにする。そして元に戻る」


それは四年前に、リョウが決めたことだった。



大学を卒業したリョウは、そのままハルとユキヤの会社に就職して社会人二年目。


仕事関係で知り合ってつき合っていた相手が、浮気していることがわかったことがあった。


もともとリョウも相手に対してあまり気持ちがなかったのでちょっと腹が立った程度だったが、ハルとユキヤが自宅で残念会を開いてくれた。



リョウは少しも落ち込んでいなかったけれど、少しだけ腹を立てていた。


なぜかと言うと、相手の浮気をまるでドラマかマンガのような展開で知ることになったからだった。




ある会社のレセプションパーティに、ハルのパートナーとして出席したことがあった。


トイレに立った時、パーティ会場のあるホテルのラウンジカフェで、リョウは偶然に当時付き合っていた相手を見かけた。



(今日は友達の結婚式の二次会に行くって言ってたっけ。同じ会場だったんだ)



そっと近づいて、後ろから突然声を掛けたらどうなるかな? というちょっとしたいたずら心が起こった。


リョウはそっと彼が座るカフェのソファの背後の植物の陰に近づいてみた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る